「プリンスオオブブロードウェイ」を観てきました。
東京:2015/10/23(金)〜11/22(日)、大阪:2015/11/28(土)〜12/10(木)上演

クリックすると「プリンスオブブロードウェイ」公式サイトへ
名前からすると一瞬テニミュ的な、イケメン王子様がいっぱい出てくるミュージカル・・・と思いきや、ここで言う「プリンス」とはこの人。
(※)「テニスの王子様」ミュージカルは見たことありません。勝手なイメージで語っています。
ブロードウェイの演出家、ハロルド・プリンス。
「彼のキャリアがブロードウェイの歴史そのもの」という謳い文句は決して過言ではない、まさに大御所。
私の一番好きなミュージカルである「スウィーニートッド」(1977年初演)も彼が初演を手がけた作品で、1982年の全米ツアーLA公演(ジョージ・ハーン&アンジェラ・ランズベリー主演)の映像(DVDで入手可能)を見て感動のあまりまだ高校生なのに「卒論をスウィーニートッドで書く!」と決意したのだった。
彼が初演に関わった作品には、ウェストサイドストーリー(1957)、屋根の上のバイオリン弾き(1964)、キャバレー(1966)、オペラ座の怪人(1986)などなど映画化でもおなじみの名作がずらり。そのハイライトを集めたのがこの「プリンス・オブ・ブロードウェイ」。この広告をなんとなく見た段階では「どうせロイド=ウェバー(※)作品ばっかりでしょ」「どうせ寄せ集めでしょ」と思ってスルーしかけたけど、「ハロルド・プリンス自身が演出を手がける」「私の好きなスティーヴン・ソンドハイム(※)のナンバーも結構ある」「世界に先駆けて日本初演」「トニー賞レベルの豪華出演者」ということで観てみた。
(※)アンドリュー・ロイド=ウェバー(ALW):「オペラ座の怪人」「エビータ」「ジーザスクライストスーパースター」などを作曲した人。この「プリンスオブブロードウェイ」にはブロードウェイではなくロンドンで世界初演された彼の作品も取り上げられている。ちなみに「どうせALWばっかりでしょ」というのは決してアンチではなく僻んでるだけです!笑
(※)スティーヴン・ソンドハイム:ロンドンのALW⇔ブロードウェイのソンドハイムと言われるミュージカル界最高のソングライター。「ウェスト・サイド・ストーリー」「ジプシー」の作詞、「カンパニー」「スウィーニー・トッド」「イントゥザウッズ」「リトルナイトミュージック」など作詞作曲。その作風ゆえにALWに比して商業的な成功作が少ない。メロディがキャッチーでない、大型上演が少ないなどで日本への浸透度も低かったが、2000年高松宮殿下記念世界文化賞受賞あたりから風向きが変わっている。
よく知らない人、これから見ようかなという人のために簡単にまとめると
- 宣伝の煽りではなくハルプリは本物の大御所で間違いない。
- 「世界に先駆け日本プレミア!」→「あーはいはい」と思ってしまうかもしれないけど、本場の大物による新作が日本で初演、というのは実際かなり異例なことです。
- あらすじも何もない、本当にただのハイライトということは承知しておきたい。歴史上の名作の舞台を素晴らしいパフォーマンス・豪華なプロダクションで見られるし、作品の情報、あらすじをざっとでも予習していかないともったいない。
- ミュージカルの歴史について基礎知識を押さえておきたい人はぜひ。これで全網羅というわけではもちろんないが結構な部分をカバーできる。
- ダンスよりも歌ナンバーがメイン
- 公式サイトの曲目リストに載ってない曲もある。原語上演を生で見る機会の少ないソンドハイムファンは見るべし。
詳しくは↓ここから
★本当にただのハイライトです
宣伝番組ではプリンスが「人生は運が左右するんだということを描きたい」なんて話していて、「あ、一貫したテーマなんてあるんだ」と思ったけど、やっぱりただのハイライト集。
それぞれのナンバーの間にプリンスのモノローグ的な語り(声:市村正親)が「次は誰々と組んで『◯◯』というミュージカルを上演した。これは大ヒットだった」などと少し挟まれるのみで、特に前後の脈絡なく、有名ミュージカルの有名ナンバーが歌い演じられていく。
同じ作曲家の歌を集めたアンソロジー作品などでは、大まかな設定やストーリーがあって、それに沿ったナンバーがうまく配置されて・・・といった一貫性があるものも多いけど、この「プリンスオブブロードウェイ」にはそれが全くない。
舞台両脇の字幕で「どの作品の何というナンバーか」の説明と歌詞訳が出てくるとはいえ、これは各作品の背景などを全く知らずに行くとちょっときついのではないかと思う。
もちろんそれぞれのパフォーマンスは素で見聞きするだけでも素晴らしいのだけど、予習なしで見るにはかなりもったいない作品には違いない。
★でもすごいハイライトです
とはいえ、「名作ミュージカルの基礎知識」を押さえておきたいという人にはぜひ!観てほしい。このショーを見る+各作品についてきっちり予習復習する、だけで少なからぬ部分を効率よく網羅することができる。(ただし「時代ごとの傾向把握」などにはほぼ役に立たない)
それぞれのナンバーたった数分間のために衣装、舞台装置もしっかりと作られ、演技パフォーマンスも作品にしっかり入り込み、フル上演から切り出したかのような豪華な舞台。「ただのハイライト」とはいえこれはすごいハイライト。
有名なミュージカルといっても映画で見ただけだったり、歌はよく知っていてもしっかりとしたシーンの中では聴いたことがないものも多くて、それがプリンス自身の演出で、実力キャストによって演じられていることで、「ブロードウェイの歴史が、その一次ソースが、目の前で息づいている」感がひしひしと伝わって来た。
「スウィーニートッド」の身振りなどは繰り返し映像で見たものと同様だったし、史上初の本格的なミュージカルプレイとされる「ショウボート」(1927年初演)のリバイバル(1994年)もニューヨークで見た時の記憶にかなり合致しているので、それ以外のナンバーも当時の彼の演出からそれほどかけはなれてはいないのではと思う。(ダンスに関しては「ショウボート」以外ではプリンスと組んだことのないスーザン・ストローマンによる新振付)
そういう意味では、ブロードウェイのことはそれなりに知ってるけど実際の舞台はそんなに観たことがない私みたいな人がどんぴしゃターゲットなんだと感じた。でもしょっちゅうニューヨークに行く人や、名作ミュージカルが身近で上演されるアメリカ人にはどうなんだろう・・・あ、世界に先駆けて上演っていうの、実は噓?ほんとは日本オンリーの企画?とちょっぴり思ってしまったけど、そういえばここ10年ほどでブロードウェイはかなり観光化されているようなので、観光客向け作品として企画されているとすれば納得がいく(全くの憶測です)。
★胸に迫るソンドハイム・エッセンス
公式サイトで
楽曲リストが発表されていたけど、1曲ずつしか載っていない「カンパニー」(1970)「スウィーニートッド」は実際には3、4曲のたっぷりメドレーだし、「Merrily We Roll Along」(1981)の「Now You Know」もダンスシークエンスの中で歌われるし、思ったよりもソンドハイム率が高かったのは嬉しいサプライズだった(コンプリートリストはパンフレットに載っている。ウェブで全く更新されていないのは「知らない曲ばっかりだと客足を遠のかせる」とか、あるいはパンフを買わせるとかのコマーシャル判断なのだろうか)。
個人的に最もこの作品を「見てよかった」と思えたのが、「フォーリーズ」(1971)への力の入れよう。超有名な作品でも2、3曲10分ほどで終わるのに、日本では未上演(だと思う)のこの作品からは「Beautiful Girls」「Girls Upstairs」「The Right Girl」が20分ほどの壮大なシークエンスでじっくりと演じられ、第1幕のハイライトとなっていた。そのうえ「Broadway Baby」も第2幕のバレエシークエンス「Time Square Ballet」のメインテーマとして使用。
「Girls Upstairs」あたりですでに「ああソンドハイムの音楽の空間支配力…」と少し泣きそうになってたけど、「The Right Girl」の感情爆発圧巻のタップダンス、そこからの全てを包み込むように静かな「Send In The Clowns」(「リトルナイトミュージック」1973)。この緩急には大きく心を揺さぶられた。
人生の愛と後悔が交錯する「フォリーズ」シークエンスからの「Send In The Clowns」、ですよ。大事なことなので2回言いますよ。tearsもroll downしますよ。
作品ごとにてんでバラバラなナンバーばかりの中でここだけは見事にひとつながりになってたので、過去のソンドハイム・アンソロジーショーに同様のシークエンスがあっただろうかと後でさらっと当たってみたけど、おそらくない。そもそもソンドハイムの歌曲の中で「Send In The Clowns」は知名度が突出しすぎているためか、それほどレビューに使われていないと思う。
★ラストで明確になる真のテーマ
この項目で書いていることは、これから観る人には「観て気づいてほしい」部分なので、ネタばれが気にならない人以外は視線をそらして赤文字が見えるまでスクロールしてください。
次々と繰り出す名作(&幻の作品)の名場面。それを締めくくるラストナンバー「Wait Till You See What's Next」はキャスト全員が揃い、ごく普通の服に身を包んでまっさらな舞台に立ち歌い上げる、このショーのためのオリジナル曲(Jason Robert Brown作)。
ここで観客はある驚きに襲われる。「あ、これたった10人でやってたんだ」と。
10人の出演者と、舞台装置と衣装。これだけで実にさまざまな異世界が描出される。一貫性のないように思えたショーの一貫したテーマはこれだったのではないだろうか。ジョルジュ・スーラをモデルにしたソンドハイム作品「Sunday in the Park with George」(1984)のラストのモノローグ「White, blank page of canvas...so many possibilities」がそこにあると感じた(SinPwGはプリンス演出ではないが)。
歌や脚本などの「作品」は後世に残るが、ダンス以外の振り演出やパフォーマンスは、プロダクションが違えばその場限りのもの。演出家とはそうした「その場限りの要素」のボスであり、このショーはブロードウェイの栄光と挫折を見つくしたプリンスによる「その場限りの舞台を作り上げる人々」へのオマージュなのかもしれない。
…とここまで書いておいて恥を晒すが、私はこのオリジナル曲についてものすごい勘違いをしてしまった。というのは、パンフレットの曲目リストでこの曲について「Company」と記してあるのを見て「『カンパニー』にこんなタイトルの歌あったかな…?」と疑問に思い、実際に歌を聴いている時も「こんなの聴いたことない…もしかしてカットされた歌なのかな…この弦楽器の反復モチーフは『大平洋序曲』(1976)の「Next」だよね。『カンパニー』で使わなかったからそっちに回したのかな…でもそれ以外は全然ソンドハイムっぽくない。おかしい…」などと頭にクエスチョンマークを浮かべながら聴いていたのだ。
後になってこの「Company」というのがミュージカルのタイトルではなく、カンパニー(キャスト一同)が歌う曲目、という意味の記載だと気づいた。
同行者はこの歌のメッセージに大感激していたのに、私はおかしな勘違いをしたばっかりにフィナーレの感慨を味わいそこねてしまった。
------------ ネタばれここまで ------------
★ダンスより歌派向け
ボブ・フォッシーをはじめブロードウェイの名演出家の多くは名振付師だけど、プリンスは例外。だから彼の演出が前面に押し出された本作ではダンスナンバーより歌ナンバーがメインになっている。(「ウェストサイドストーリー」等の名振付家ジェローム・ロビンスの作品を集めた「Jerome Robbins on Broadway」(1989)の歌メイン版、といえるかもしれない。私はJRoBを見てないけど、見た友人によれば作品時代も少しかぶるしショーの構成的に似た印象があるとのこと)
歌よりダンスが好き、という人にはちょっと物足りないけど、そこのバランスを取るべく「The Right Girl」と「Time Square Ballet」というダンスたっぷりのハイライトもあって楽しめる。
「Time Square Ballet」は「Broadway Baby」(「フォーリーズ」)の他「Tenderloin」「Fiorello」「Grind」といったlesser knownな作品をちりばめた本作オリジナルのダンスシークエンス。振付を担当したスーザン・ストローマンは「クレイジー・フォー・ユー」(1989年)など古き良き正統派スタイルを踏襲する近代ブロードウェイの代表的な振付家で、このシークエンスでも「雨に唄えば」(1952年)などのMGMミュージカル映画さながらに女性ダンサーの出世街道が綴られる。
★楽器編成のカバー力
1つのオーケストラでさまざまな楽曲を演奏するので、当然編曲は最大公約数的なものになる。「スウィーニートッド」で「ああもっとストリングスがいれば…」と思う瞬間はあったものの(「オペラ座」大好きな人は「Music of the Night」で同じように思うかもしれない)、全体的にはほぼ違和感がなく、それもすごいことだと感じた。
シンガーも同様。ただ、オペレッタスタイルの「キャンディード」(1956年初演、1970年代にプリンス演出でリバイバル)がレパートリーに入ってなかったのはこの辺りの問題なのかな。「太平洋序曲」もぜひ入ってしかるべきだと思うのだけど、幕末日本を舞台にした1970年代の作品をわざわざ今の日本で見せることに躊躇があったのかどうか。
もしこの作品が他都市でも上演されるのであれば、キャストの顔ぶれや土地柄などによって演目も多少変更しながらブラッシュアップされていく可能性もある。そのあたりの展開も楽しみだ。
2017年4月追記:
「プリンスオブブロードウェイ」のように「外国でプロダクションを立ち上げブロードウェイを狙う」やり方は1990年代半ばのカナダで盛んに行われており、「蜘蛛女のキス」や「ショーボート」リバイバル、「ラグタイム」などはまずトロントで上演されてからブロードウェイの話題作となった。
その立役者だったトロントのLivent社はほんの一時期ミュージカル界を牛耳っているともいえる勢いを見せていたが、1997年以降は破産や粉飾決算などの不祥事であっという間にシーンから消えてしまった模様(wikipediaには「ラグタイムの興行成績がふるわなかったためとも言われる」とある)
Liventがらみのプロダクションのうち「ショーボート」「蜘蛛女のキス」に関わったプリンスとストローマンにしてみれば、日本をスタート地点としてブロードウェイ進出への足がかりを得たいところだったのだろう。
…とこの追記をまとめていたところに続報。2017年8月にブロードウェイ初演予定らしい。
http://www.playbill.com/article/prince-of-broadway-announces-broadway-arrival
Additional fundingのKumiko Yoshiiって?と思ったらこの方。
http://www.cosmopolitan-jp.com/trends/career/interviews/a4571/japanese-female-entrepreneur-in-ny/
宮本亜門版「太平洋序曲」にも携わっているそうで、近年日本の有名スターがブロードウェイに進出したりしているのはこういった関わりもあるのか。

2