新しい仕事にテンションを極限まで高めてのぞんだが、体力&精神力に無理が生じた。
頭痛と吐き気、なんとも言えない不安感に襲われてしまい主任に連絡、2日間の休養をいただいた。
何か、洗面器いっぱいの水が表面張力でふるふると揺れていたのが、限界を超えて溢れ出したような、そんな感じだ。
病気を抱えて生きてゆくのは、確かに難しい。本当に、難しい。しかし、生きるためにはどんな手を使ってでも生き抜かなければならない。
時折、その生き抜くための手段に窮することもあるが、落ち着いて考えよう。ゆっくり、心を落ち着けて、答えを探す。頑張れる自分を取り戻すために。。
やたらと心配症な父の不安をいたずらに刺激しないように、休みをとったことをきちんと伝え、ぜえぜえ言いながら部屋で静かに横になっていた。やがて頭痛と不安感を眠気が上回り、うとうとし始めた頃…突然激しい勢いで、1階の呼び出しブザーがけたたましく鳴り出した。
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
ざわりんはパートに出かけている。母は病院に行った。家には僕と父、2人だけだ。痛む頭を振りながら、鈍る思考で考えた。僕の具合が悪いことはさっき伝えたから、父が僕を呼ぶわけがない。何か荷物でも届いたのだろうか?
ヨロヨロしながら階段を注意深く降りてゆき、1階の店へ。階段を降りきったところの斜め向こうに、椅子に座った父がいた。
「どうしたの?何か用かな?」
父は、いつもとまるで変わらぬ張りついた笑顔で悪びれずにこう言った。
「ちょっと相談に乗ってもらいたんやけども、かまへんかな?」
父の、まるで小動物のように邪気のない真っ直ぐな視線と、僕の視線が正面から向き合った。一瞬、何が起こったのか、意味がつかめなかった。
「いや…今日は、頭痛が酷いから、横になってるんだ…。さっき言ったでしょう?だから…相談は無理だよ…。」
「そうか。」…表情も変えず、父はそう言った。僕は、父の顔をよく見ることができず、降りてきた時と同じようにヨロヨロと階段を昇り始めた。
2階にたどり着くと、僕の姿を確認した猫が一声鳴いて、足元にすり寄ってきた。なんだか切ない気持ちでいっぱいだった。。
心の病気の苦しさに負けた人間は、かくも残酷だ。
父は、自分が苦しさから逃れるためならば、相手がどんなに具合が悪かろうが、それを迷うことなく利用しようとする。
今にも切れそうな細い糸みたいな親子の絆とやらに、迷うことなくすがりつこうとする。…その細い糸が切れないように人知れずそれを守り続けてきたのは、この僕なのに。。
部屋に戻り、ようやくまた横になった僕の耳元で、あのブザーの音がまた聴こえた。
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
思わずビクッと身震いして、僕は上体を起こした。耳を澄ませてみると、確かにブザーの音が聴こえる。しかし、その音が、はるか遠くから聴こえるのを感じた僕は、ようやくそれが幻聴なのだと気がついた。
汗がダラダラと流れた。一粒一粒の中身が濃い、固体みたいに重たい液体だった。。
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
ブーブーブー!!
耳をつんざくようなその音は、現実と病気のつらさに負けて心が壊れた、父の悲鳴だ。
「父のようにはなりたくない。」…心からそう思った。
僕は、壊れたくない。これからも人の痛みがわかる人間でありたいから…たとえどんなに苦しくても…病気なんかには負けられない。負けたくない!!
だから…明日は、何が何でも復活だ。。
倒れても倒れても、自分の力で立ち上がらなければ、人はダメになる。
僕は、自分を信じる。
ふるふると揺れる水よ。これ以上、溢れるな。
揺れるな、心。
揺れるな、まさぼー。
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ。

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