バレンタイン・ライブ特別企画。1・5夜連続大河ハードボイルド・ラブ・ストーリー。
トシオ様伝説。
−−−第一章 丘の上でのトシオ様と中村−−−
何だかわからないけれど、何だかつまらなかった。
俺がここに住んでいるのは、俺のせいじゃないし。
ホークスが連敗するのも、親父の稼ぎが悪いのも、「今日も世界のどこかで罪も無い人々が死んでいます」のも俺のせいじゃない。
隣街の高校がウチに攻めて来るんだってよ?
そんなの勝手に盛り上がってくれよ、俺のせいじゃない。
成績が悪いのは俺のせいかもしれないが、俺はそこまでバカじゃないぜ。
勉強や先公の話がつまらないのは
俺のせいじゃない。
とにかくガキの頃はそんな感じだった。別にいじけてる訳じゃない。何もかもがつまらなく思えるのは与えられた現状にただ何となく乗っかっていただけだからだ。盗んだバイクで国道をぶっ飛ばしたり、隠れてタバコを吸うのは確かに楽しい事だったが、真夜中の暴走は俺のアイデンティティーを満たすほど何かを教えてはくれなかったし、タバコを吸っても、ともすれば深く俺を閉じ込めようとする時の流れを止める事はできなかった。
何かが足りない。俺はいつもそう感じていた。
「なあ、二組の平、そろそろ殺っちゃらんといかんっしょー?」
中村がくちゃくちゃとガムを噛みながら俺に言う。
「・・・ああ・・そうやなぁ・・」
口から吐き出されたタバコの煙が青空に溶けていくのをぼんやり見つめながら俺は気があるとも無いともいえない曖昧な口調で返事をしていた。
「だってよぉ、アイツ最近チョーシくれとうぜぇ?だいたいさ、長中出身のくせによぉ、佐藤にタイマン勝ったけんってもう二組シメた気になっとうしさ。つうか学年シメた気になっとうぜ、アイツ。今日とかトシオ君が学校に来る前、5人くらいでつるんで廊下ば行ったり来たり歩き周りよったんよ?何回もウチのクラスの前で立ち止まりやがってよお、挑発しようとって。トシオ君もほら、今は親父さんも入院中やし店の手伝いとか忙しいやろうけん、そんな段じゃないっていうのものも分かるばってん、ここは一発ビシッと那珂河中の真打登場で誰が上か分からせてやらないかんっちゃないと?ねえ?」
ぐちゃぐちゃと唇の端に泡をふかせながら、毎日飽きもせずブルーベリーガム臭い息を吐きやがる奴だぜ、全く。第一そんなにむかつくならお前がやったらどうなんだ?いつも何か問題が起きれば俺を便利屋みたいに使おうとしやがって。なんでこんな奴なんかと俺は幼馴染なんだよ。たまにそんな気持ちになる時もあるが、何故か俺はいつもこいつとつるんでいた。幼稚園の頃から。気がつけば俺の家の隣に住んでいて、気がつけば一緒にダベっていて、気がつけば俺のXJのケツにはコイツが乗ってる。そう、コイツも俺が知らない内に与えられた現状の一つだ。だが、それでも何だか居心地がいいって事もあるもんだ。ただ単に慣れてるだけかもしれないけどな…。
「なあ・・中村さ・・・」
「ん?」
「今日ってバレンタインだよなぁ?」
「そうやね」
「お前、彼女とか欲しくねぇ?」
「そりゃあ欲しいねえ」
中村はベッ、とガムを吐き出し、読んでいたエロ本のモデルの股間のあたりにそれをなすりつけた。
「中村さぁ・・」
「ん?」
「何でこの学校女おらんっちゃろ?」
「・・・工業高校やけんやないと?」
「なんでごっついヤンキーしかおらんの?」
「・・工業高校やけん」
「売店のババァに本気でラブレター書いたりする奴がいるのは?」
「工業高校やけん」
「何でお前、この学校入ったの?」
「そりゃあ・・トシオくんも行くし・・まぁ、俺達バカやけんくさ、ここしか入れるとこなかったやん」
二月の乾いた北風が言葉をさらって行ったかのような一瞬の沈黙。
「・・・。なあ、中村さぁ・・お前、この学校に入って何かしたい事とかあると?」
「わからんくさぁ、そげんと」
俺達は学校のすぐ裏にある丘の芝生の上に寝そべって背伸びをした。俺の口から吐き出された青白い煙はすぐに溶けてその形を消していく。
セブンスターの煙じゃ雲の位置まで届くには力が無さ過ぎる。
4時限目が終了するチャイムが聞こえた。
−−第二章へ続く−−

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