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カウリスマキ映画におけるアナーキズム

2014/5/14 | 投稿者: komori

 ここ最近、嬉しいことに近所のTSUTAYAにアキ・カウリスマキのお得な2in1(要は、2本立てってことね)DVDが大量に入荷していたので、これまで観たことなかった作品を片っ端から借り、しらみつぶしに観ている。

 ここ数日間だけで「罪と罰」、「ハムレット・ゴーズ・ビジネス」、「真夜中の虹」、「マッチ工場の少女」、「コントラクト・キラー」、「愛しのタチアナ」と立て続けに観たけれど、どれも観る度にベストが更新されるが如く、甲乙つけ難いくらい全部が全部、最高!本当に素晴らしいのです。僕が言うまでのことでもないかもしれませんが。

 最近気付いたこと。カウリスマキ映画は本質的な意味でのアナーキズムなんじゃないかってこと。徹底して、物語を美化させないし、大それたものに仕立て上げようともしない。世界の片隅、社会の底辺に追いやられているような人達が、画面上の無表情さとは裏腹のユーモアで、世界を笑い飛ばし、蹴散らして生きていこうとする。権力めいた視座が何一つない。道端のゴミ屑ひとつの描写にさえ、生命の息吹を感じる。
 
 決してハッピーエンドとは言いがたい作品もある。だがそもそもの人生なんてもしかしたらそんなものなのかもしれない。少なくとも私達の人生は映画のようにはそううまく出来ていない。同じなのだ。カウリスマキ作品の主人公達は、僕らと。「映画」のようにはなれなかった映画の中の人物達が巻き起こす、ハッピーエンドもバッドエンドも、そんな終わりなんて笑い飛ばす無邪気で無垢な逃走であり、闘争。パンクスなのだ、と思ったよ、カウリスマキは。
 
 今もう一個気付いた。今までブログずっと書いてて、段落の最初一マスあけてなかった。あけた方が見やすいですよね。今日からそうする。

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