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ロックという若き青春の疾走と、その訪れし過渡の地点について

2014/2/4 | 投稿者: komori

1月のライヴ、終了しました。関わってくれた皆様、観てくれた方々、ありがとうございました。2月も既に1本、終えました。2/1、SOSITEレコ発。僕が世界で一番尊敬するロックバンドbloodthirsty butchersのドラマーでもある小松さんに直接今回のお誘いを頂き共演を出来た事は、本当に光栄でした。無論、SOSITEのライヴも素晴らしかったです。当日、場内BGMでは「kocorono」がかかっていたのが印象的でした。小松さんを見て、自分も何十年でも続けようと思いました。

で、その翌日はTRASH-UP!!×FALSETTOS×HOMMヨの共催によるMama’s Tattooというイベントに行きました。これで観たシーナ&鮎川誠のライヴが本当に本当に素晴らしかった!今もその感動の最中にいて、思い出しただけで目頭が熱くなります。調べたら、シーナさん60歳、鮎川さん65歳、なんという若さ!パワー!エネルギー!体力、体型だって、人間って生物学的に老いるはずでしょう?と思ってしまうが、全くそれを感じさせないお二人の佇まいに、ああ、やっぱりこれがスターなんだ、ヒーローなんだ、と思いました。そしてスターやヒーローはいつも僕らに夢を与え、未来を提示してくれる。最後シーナさん、満員のオーディエンスに「夢を諦めないで」と訴えかけていました。うん、頑張ろう。

最近思うこと。こうやってシナロケのライヴは、まだ観れる。ストーンズも今度観れる。日本にしろ欧米にしろ「ロック」というカルチャーの黎明期を築き上げて来た方々は、まだ伝説なんかに成り下がることなく、現在進行形でバリバリ活躍されている。でも、ルー・リードはもう観れない。大瀧さんも佐久間さんも亡くなられた。遅かれ早かれ、生物学的な死は僕らの誰しもに訪れてしまうのだ。語弊があるかもしれないけど、ロックの黎明期を作った人達はもう、おじいちゃん、おばあちゃんなのだ。だけど、まだおじいちゃん、おばあちゃんなのか、ということに気付く。沢山の人がまだ生きていて、現役バリバリな活動をされている。そう考えた時、「ロック」というものが、文化の歴史上で、なんとまだ若いカルチャーなのだろうか、ということに気付いた。戦後半世紀ちょいの間に、あまりにも多くのことが一挙に濃縮され、加速しながら現在まで駆け上がった、若き青春の疾走のようなものなのだ、ロックは、未だ。そしてそのスタート地点に立っていた方々の、いよいよ生物学的な寿命という地点に、ロックは差し掛かったのだ。次の10年後にストーンズは観れるのだろうか。そう考えるととても寂しくなるが、人間は死んでしまうのだ。自分のおじいちゃん、おばあちゃんも、母方、父方ともに昨年で全員死んでしまった。それはロックスターだって同じこと。ライヴを観れなくなるのだ、新譜を聴けなくなるのだ、いつかは。

ロックは半世紀ちょいを生き抜いて、今やっと過渡となる地点に差し掛かったのかもしれない。これから5年、10年、もっと多くのさよならをしなければいけなくなってしまうのかもしれない。だけれでも60代のシーナさん鮎川さんのライヴを観て、20代や30代の僕らの世代のバンドが感銘を受けたように、その灯は決して絶やされることはないだろう。そうやって継承され、ずっと続いてきた。それは今も昔も変わらない。

そんなことを考えながらシーナさんの言っていた「夢」という言葉に想いを馳せ、また今日も。ロックンロール。
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