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聖者の行進

2012/11/15 | 投稿者: komori

「旧約聖書」ってのは恐ろしい書物だ。古の昔よりこんな思想を聖なるものとして掲げて来たならば、それは争いも起こるだろうよ。誰もが誰もの、神聖さと、正義と、を掲げるわけだが、イヴが食した知恵の実とは「分別」の実だったから、いくつもの正しさが分け隔てられ、誰のものでもない空や大地に境界線が引かれてしまう、そしてその侵犯を繰り返している、愚かなことにも。

これが僕等の自我の歴史というもの。数千年の時を経て何が進化したと言えようか? 誰もが誰もの聖なる正義を掲げ街を歩く。その無数の良民達が衝突し、互いを憎しみ傷付け合う。

今、ジョージ秋山の漫画版(といってもほぼ活字)「聖書」を読んでいるが、モーセが子供達に教えを説く場面で、「いい人ばかりだから争いが起こる、悪い人ばかりで、誰もが互いに自分が悪かった…と謝り合えば争いは起こらない」という内容があり、衝撃を受けた。

だって、というモーセだって、モーセが主と仰ぐ神だって、己の正しだを掲げているだけじゃないのか!?パラドックス!

我々はそんな聖者達の神聖なる子供達なのでしょうね。

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