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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com

明暗

2011/12/7 | 投稿者: komori

ブログの更新が滞ってしまった…

企画の後、急に体調を崩してしまった。3日のテツコレコ発あたりから、どうもこれはまずいかなと薄々感づいていたが、翌日市販の風邪薬を飲んだら、首や頭部に見事に蕁麻疹が出た。体調によってなのだが、ほぼ薬という薬が身体に合わぬ体質だということを、うっかり忘れていた。

と言いつつも、気だるい体引きずって日々ライヴに行ったりも。4日は二万電圧でシベールの日曜日、例のKを。翌5日は武道館で毛皮のマリーズの解散ライヴ。マリーズは僭越ながら今まで全く以って通っていなかったのだが、ラストアルバムを聴いて良かったので、行ってみたら、やっぱり良かった。ロックンロールのスターイズムをとことん悲劇的に、そして喜劇的に、演じ、生き抜いたバンドなんだと、その日のショーを観て思った。感傷に浸る暇もない、駆け抜けるようなライヴだった。想い、よりも更に強固で、速いスピード、を感じ、はっとした。

昨夜はツアーに備えての壊れかけ練。名古屋、THEラブ人間との2マンは1時間もの枠を頂いている。ワンマン以来、最長だ。壊れかけのテープレコーダーズというバンドの歴史を総括するようなライヴになるだろう。無論、翌日の京都、ラストの神戸も、遠い地に名を刻むライヴをしなければと心に留める。自分は体調不良の時の方が、良く歌える傾向がある。余裕がないからか。まあいつでも余裕ないが。

そんで、今はちょっと発疹も引き、良くなっています。

お母さん、きっとこのブログ毎日読んでるだろうから言うけど、
大したことないから、心配いらんからね。音楽治癒で治るからさ。

穂高さんのブログ、企画の前に久々に読んでたら、
体調を崩し倒れてしまったと書いてあり心配だった。

が、2日は元気な姿でTHREEに来てくれて、だけどライヴ中はやっぱりちょっとまだ体調が悪そうだったけど、だけど僕等は何も常に万能で万全なんて分けじゃない、だから自分を傷つけてまで辿り着こうとしなくたっていいんだって、受け止めきれぬものはいったん置いておいて、今受け止められるものの大切さを身にまといながら、歌ったっていいんだって、そういうライヴだった、あの日の穂高さんは。

それは思い返せば、企画が終わった今、尚更にやさしく響く。

いつかの穂高さんは、そんなふうじゃなかったよね。きっと。
少なくとも僕の印象の中では。

どちらが、変わったのかな。

ルロウニンゲンの退廃の美と、蝉の轟音による浄化または無化、エレクトリックにより増幅され歪まされたロックの魔性がTHREEに潜んだあの夜、唯一アコースティックの穂高さんの演奏こそが、一周して鳴り響いた、まさに冬に鳴く蝉の声だったのかな、とも今は思います。蘇生と、生命の声。

良いイベントだったと自負しています。
穂高さん、蝉、ルロウズも、本当に皆ありがとう。

本当はもっとTHREEに十二分な経済的な恩返しをしたっかです。こればかりは自分達の実力不足以外の何ものでもないな。ライヴハウス、ロック、といえど、人が関わり動いている以上、社会だから、そのルールを度外視するのは、別にロックでもパンクでもなんでもないし、格好悪いから、だから内側から風穴を空ければいいんだよ。だから、こうやってイベントを続けいる。外側なんて死だけだろ。行きたきゃ行けばいいよ。ただ僕は生きるよ。

この日の壊れかけの、自分自身の演奏は、久しぶりに「陰」の側面の力に支配された。思い出してみる。ロックに憧れたそのきっかけというのは、それまで信じていた誰かを、世界を、欺き、裏切りたかったからじゃないのかい。

新曲「ニセモノの銀河」を初披露した。
シールド一本この日壊れた。演奏中ノイズが鳴りっ放しだった。

翌日のテツコのレコ発は、とても肯定的な気持ちで楽しくやれた。テツコセッションではレコーディングでも参加した「赤いバラ」の再現ライヴやりました。


明るみがあるということは、その相反する暗闇がある、
ということを、日々思う。

あるという事実の反面には、ないという事実が、
同じ強度と空虚さを保持している。

そのどちらかを善か悪かと判別するということが、
最も愚考である、と思う。


日が変わった。明日からまた旅がはじまる。
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