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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

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本を売る ピンク・フロイド Motion

2009/11/25 | 投稿者: komori

本を結構売った。学生時代バイトしてた吉祥寺の某古本屋にて。取り分け、ビート・ジェネレーション関連の詩集やら著作やらユリイカやらを結構持っていたのだが、全部売り払った。これらは、大学の卒業論文でビートやカウンター・カルチャーを研究していた頃に読んでいたものだが、結局卒業してから2年間も開いてないし、なんか、もういらないと、ふと思ったのだ。どれも紛れもなく大好きなんだけど。だけど、かつて紙面で読んだ世界というものを、今現実に自分が生きていると思えたから、また恋しくなるかもしれないけど、今は手元にいらない。言葉は世界へ足を踏み出す大きなきっかけとなるが、それを単に分別のための道具として捉えてしまうのはつまらない。豊かな、言葉は、生きていることと同時に発せられるのだろう。そういうことを僕はかつてビートの本なんかを読みながら考えていたのだが、彼等の文体のような躍動を、僕は音楽で実現させたかった。研究対象としてではなく、ビートの描いた世界を、生きたかった。そして徐々にそれを実践出来ていると思えてきた。躍動の日々。窮屈な象牙の塔は、もう崩壊した。だから、しばし、さようなら。


最近聴くCDは80%くらいが、ピンク・フロイドである。本当に大好きだ。フロイドは、初めて聴いたのが15歳の時だったから、もうかれこれ随分聴いてることになるけど、今改めて、というか、はじめてフロイドの本当の良さを知った気がする。はじめはやはり『狂気』とか、あの辺の時代から入ったのだが、次第にシド・バレットの無垢で奇天烈な感性に傾倒してしまい、バレット時代以外のものを一時期全部売り払ってしまった。これは若気の至りと呼ぶ以外、何ものでもない。後悔しつつ、今また新たな気持ちで、新譜を買うような気持ちで、買い戻している。シド・バレットは勿論天才・奇才以外の何ものでもないが、バレットの世界観にばかり傾倒するというのは、成熟を拒否することと同義でもあり、ある種の自己陶酔ですらあると思える。バレットのうたは幼児期のような、突き抜けた感性そのものであるが、だが、彼を失ってからのフロイドは違う。要は、冷徹なまでに、大人なのだ。夢から覚めた後の、孤独な冷徹さ。自らの成功と並行して、世界や、時代と対峙しなければならないという必然性がある。それはバレットの観ていた世界像とは確実に違うのだ。もっと、恐るべき客観性というものがある。それは、自らが作り上げた、自己を超えてしまったあまりにも巨大な自己(像)と向き合い続けねばならないという、果てのない、業のごとき客観性である。そして、そこではじめて、フロイドの音楽が、紛れもないブルースだということが、分かった。対立する事象同士の間の軋み、歪み。それらは二項のどっちにも定住出来ないという意味で、つねに彷徨っている。そこから生まれるもの以外、ブルースとは呼べないだろう。
取り分け、『炎〜あなたがここにいてほしい〜』の「Shine On You Crazy Diamond」のイントロにおけるギルモアのギターは、もはや奇跡としか言いようがない。

そういえば昨日Motionでオワリカラを観たが(毎度、良い!)、タカハシくんのギターのトーンやフレーズ、チョーキング具合にギルモアの影響を感じたので、終演後「フロイド好きですか?」と聞いたら、大好きだと言っていた。来週のヘヴンズ、楽しみだな。昨日はあと都心も出てて、よかった。その名の通り都心って感じの、冷めてて鋭い音だ。


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