大阪は泉州・岸和田にあるキリスト教(プロテスタント)の教会です!ぜひ、一度お越しください。歓迎いたします!

 

いつでもオープンチャーチ!  

大阪は泉州・岸和田にあるキリスト教(プロテスタント)の教会です!ぜひ、一度お越しください。歓迎いたします! 岸和田聖書教会は、新・旧約聖書66巻を神のことばとして信じる教会です。 当教会はプロテスタント教会で、エホバの証人、統一教会、モルモン教やその他の宗教団体とは関係ありません。



これからの礼拝について
私たちの教会はこの時期を国や一般の情報、他教会の例を参考に注意を払い、礼拝・集会を行います。健康管理は私たち個人の注意が一番です。くれぐれも無理をせず、安全、安心の自己管理の下で信仰生活を守りましょう。
・集まっての礼拝は継続しますが、密を避けるために、十分な距離をとって座ってください。
(礼拝堂の着席は各椅子に一人ずつと、両サイドの補助いすに座られる人に限定します)。
・早朝礼拝は座席に多少の余裕があるので、こちらへの参加をお勧めします。

https://www.youtube.com/channel/UCRGWM77ZdWLmK3iLkaW_rPg

詳しいお問い合わせは・・・
牧師 栗原純人 (090-9288-4820)
総務執事 鍛冶直紀 (090-6600-4048)まで
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2022/7/4

ブレッド・オブ・ライフ(ヨハネ1:1〜13)  

 今日から、9月まで新約聖書「ヨハネの福音書」を読んでいきます。
「この書が共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)とは一線を画した特異な福音書となっていることは、その内容から明らかである。その理由の一つには、出来事や人物描写を詳細に描くことより、それらの意味を大切に語っていることがある。」(『みことばの光』7月号)

 今日の聖書日課:ヨハネ1:1〜13

 初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 ヨハネ1:1

 いきなり、頭がこんがらがるような文章でヨハネの福音書は始めます。初めにことばがあって、そのことばは神とともにあって、そのことばは神であった。ん?どういうこと?しかし、この「ことば」がイエス・キリストであると仮定して読んでみると、わかります。初めに(初めから)キリストはおられた。キリストは神とともにおられ、キリストは神であられた。なるほど!このキリストが「ことば」と言われていることに注目しましょう。キリストは、何かつかみどころのない霊ではなく、ことばのようにはっきりとわかるお方。人格を持ったお方。この世界をことばで造られ(3、創世記1:3)、ことばをもって保っておられる。
 この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。 ヨハネ1:4〜5
 キリストはことばであり、光であった。人の光。以降、ヨハネの福音書はキリスト・イエスがことばであり、光であることを表し続けています。私たちの信じる主イエスさまは、みことばを語られ、そして私たちの光として、あの時代に生きられた。そして今も私たちとともに、生きておられる。ことばと光。これをいつも念頭において、ヨハネの福音書を読み進めましょう。
 
 おはようございます。
 昨日は恵みの雨を主に感謝します。今週は、雨が降り続きそうです。
 本日は、午後1時からゴスペルフラがございます。主にある交わりの機会を感謝します。
 今週も、イエスさまの救いを感謝し、人々を祝福しましょう。一週間の中に、主のみわざが現されますように。お分かちを期待します。
 今日も、ウクライナにおける戦闘が止みますように。


 
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色とりどりの紫陽花
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2022/7/2

ブレッド・オブ・ライフ(詩篇128:1〜6)  

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 今日の聖書日課:詩篇125:1〜5
 
概観
1. 幸いなことよ 主を恐れ 主の道を歩むすべての人は(1〜6)

 今、詩人は主の道を歩んでいます。「都上りの歌」。彼はエルサレムへの道を歩んでいるのです。道を考えるときに大切なことは、その道がどこに向かっているか、ゴールはどこか、ということ。エルサレムへ、神殿へ、主ご自身に向かう道。その道を歩む者、主を恐れる者は幸いなのです。2〜4節は、その人が受ける幸い、祝福が述べられています。自分の手で労苦した実りを食べること、妻が、子どもたちが、家の奥で、食卓で元気にすごしていること。何の気ない日常ですが、主を恐れる人の受ける祝福がここにあります。ただそこにいる、ということではなく、家族全員が主を恐れ、主の道を歩んでいること。これこそ主の祝福。
「主がシオンからあなたを祝福されるように。」(5)
これから行くべきシオン(エルサレム)。主がおられるところ。そこから、今いるところ、その途上、その道を歩いている私に祝福があるように。
「あなたはいのちの日の限り エルサレムへのいつくしみを見よ。」(5)
いつでもエルサレムにいることは出来ません。しかし、主の「エルサレムへのいつくしみ」はこれから都に行って、帰った後にも体験し続けるのです。いのちの日の限り、子らのそのまた子たち(孫たち)を見るそのときまで(6)。
 どこにいても、都上りの途中でも、都に到着して神殿で礼拝するときも、そこからまた家に帰って働いているときも、家族とともにいる時も、主を恐れる者たちの間に、主との平和、主にある平和がありますように。それが「イスラエルの上に平和があるように」(6)ということなのです。

 おはようございます。
 牧師室でエアコンを入れていますが、頭にさわると「あついなあ」。朝から強い日差しです。今日も一日、主を恐れる私たちひとりひとりに主の祝福がありますように。お茶を飲み飲み、がんばりましょう!
 明日は7:30,10:30より主日礼拝。詩篇129:1〜8「主の祝福がありますように」。10:30礼拝のみYouTubeライブ配信。
https://www.youtube.com/channel/UCRGWM77ZdWLmK3iLkaW_rPg
説教後に聖餐式が行われます。
朝8時からは、ラヂオきしわだ「バイブルスタディー」。明日のメッセージは、鍛冶直紀兄です。
http://fmkishiwada.com/simul/
幼小科、中高生会でもみことばが語られます。子どもにも大人にも、タクシーの運転手さんにも福音が届けられますように。
 午後1:30からは執事会。10名の執事の名を挙げて祝福しましょう。
 主との、そして仲間との交わりを喜び、楽しむ土日でありますように。
 昨日の大阪の新規感染者は2,135人。一週間前の金曜日は、1,365人。今日もコロナが収束の方向へ向かいますように。
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2022/7/1

ブレッド・オブ・ライフ(詩篇127:1〜5)  

 今日の聖書日課:詩篇125:1〜5
 
概観
1. 主がなされる〜私の一日〜(1〜2)
2. 子どもたちは主の賜物(3〜5)

 「建てる」、「見守る」のは人間。しかし詩人は言います。
「主が家を建てるのでなければ 建てる者の働きはむなしい。」
「主が町を守るのでなければ 守る者の見張りはむなしい。」(1)

毎日、忙しく働いているけれど、それはすべて主が私たちを通して、私のからだを通してなされていること。その一日の締めくくりとして主は、「愛する者に眠りを与えてくださる。」のです。(2)「ああ、つかれた。でも感謝な一日だった」と私たちは休むのです。こんな猛暑、熱帯夜の中でも、そんな夜をすごすことができますように。
 127篇後半は、前半とどういう関係があるのでしょうか?子どもがいることが神の祝福?「矢筒をその矢(子ども)で満たしている人」は、「門で敵と論じるとき、恥を見ることがない。」(5)。「こんなに子どもがたくさんいるで!」とドヤ顔で言うことでしょうか?ちがいます。「子どもたちは主の賜物」「賜物」は「ゆずり」「相続」(欄外注)。信仰の継承者と言えます。彼らは敵に向かって「ここに主のあわれみがあります」と言うのです。そうです。これもまた、主がなされたことなのです。
 今日も一日、あなたのすること、仕事、勉強、家事、育児は主がなされることなのです。一日の終わりに至るまで、主のわざに励みましょう。

 おはようございます。
 今日から7月。「これから夏本番!」と言うところですが、もう始まっています。大変な暑さです。みなさん、甘く見ないでいつも水筒やペットボトルを持って、今日も一日、主のわざに励みましょう。
 いってらっしゃい!
 今日も、ロシアとウクライナの国境に主のあわれみが注がれますように。


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2022/6/30

明日から7月。  

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今年の梅雨は、あっという間に終わってしまい、

気温が上昇して、夏真っ盛り。

過ぎました6月も神様に守られました。

暑い毎日が続きますが、詩篇のみ言葉によって、

心穏やかに、静まる時、祈る時が

与えられて感謝です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

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熱中症にかからないように、部屋を涼しくして、

水分補給して、健康でお過ごしください。

7月より、礼拝堂の椅子の座り方も変わりますが、

検温、マスク、手指消毒など今まで通りルールを守って

礼拝を守りたいと思います。

牧会されている栗原牧師、ご家族が守られますように。
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2022/6/30

ブレッド・オブ・ライフ(詩篇126:1〜6)  

 今日の聖書日課:詩篇126:1〜6
 
概観
1. 主がシオンを復興してくださったとき(1〜3)
2. 主よ 元どおりにしてください(4)
3. 泣いて出て、喜んで帰って来る(5〜6)

 「シオン(エルサレム)の復興」とは、バビロン捕囚からの帰還と考えられます。そのときの喜びの様子が前半に描かれています。それなのに4節「元どおりにしてください」。「復興」「元どおりにする」は同じヘブル語「シューブ」が用いられています。元どおりになったのに「元どおりにしてください」とはこれいかに?これまでエズラ記で、ネヘミヤ記で学んで来たことではないでしょうか?シオンは、エルサレムは、神殿は元どおりになったけれど、民の霊的な状況は回復していない。ネゲブとは、からからに乾く乾燥地帯。本来は川が流れていたのだけれど。そんなネゲブが元どおりに潤った川になるがごとく、このイスラエルの霊的状態を元に戻してください、と詩人は懇願しているのです。
 「涙とともに種を蒔く者は 喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え 泣きながら出ていく者は 束を抱え 喜び叫びながら帰って来る。」(5〜6)
 たしかに「主が彼らのために大いなることをなさる」のです(2、3)。しかし、それはまた民の具体的な日常、歩みの中で表されます。今日、もし仕事に行くのが、学校に行くのが、働くことがいやだなあ、つらいなあ、と思うことがあっても主にあって「いってらっしゃい!」。一日の終わりに主の喜びを分かち合う私たちでありますように。都上りの歌は「私たちの歌」なのです。

 おはようございます。 
 本日、午前牧師は夫婦で浜寺聖書幼稚園「ハンナの会」で奉仕します。 
 午後は英会話クラス。大人の三クラス。ジェームズさん、モナさんご夫妻とともに今日も、楽しく学びます。
 今日も、コロナが収束しますように。


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何処行く? 何する? 楽しそうな鳩達
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2022/6/29

ブレッド・オブ・ライフ(詩篇125:1〜5)  

 今日の聖書日課:詩篇125:1〜5

 今日の詩は短いので前文掲載します。

 都上りの歌
 主に信頼する人々はシオンの山のようだ。揺るぐことなく とこしえにながらえる。
 エルサレムを山々が取り囲んでいるように 主は御民を 今よりとこしえまでも囲まれる。
 それは 悪の杖が 正しい人の割り当て地の上にとどまることがなく
 正しい人が不正なことに 手を伸ばさないようにするためだ。
 主よ 善良な人々や心の直ぐな人々に いつくしみを施してください。
 主は 曲がった道にそれる者どもを 不法を行う者どもとともに追い出される。
 イスラエルの上に平和があるように。


 「都上りの歌」
。まさに、これからエルサレムに行こうとする巡礼者が、目を上げてシオンの山を見ている情景を思い起こしましょう。
今日も、10:30と19:30より祈祷会で125篇を学びます。
晩の祈祷会はオンライン。
 さまざまな発見を分かち合いましょう。
 
 おはようございます。
 昨日の「見守り隊」。こまめな水分補給でしのげました。
信号待ちで「おっちゃんが、お茶のんでる」と、ダジャレを言ってくる男の子がいました。「うまいね」とほめてあげると「ようかんを、よう噛んで」と横断歩道を渡って行きました。楽しい見守り隊です。
 今日も、昨日に増して暑そう!みなさん、くれぐれも水筒を手放さないように。
 ウクライナの地に爆弾が絶えますように。



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舟を漕ぎ出す釣り人
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