ローマ人への手紙6章から8章までは、救われた時の事か、第二の体験か私は知らない。ただ一つ言えることは、救われてからの継続的な歩みということはできよう。だから、
『もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。』ロマ6:5
等は当然救われてからの継続的な体験となる。
『死んでしまったものは、罪から解放されているのです。』ロマ6:7
こう見ると救われた人物は、罪を犯す必要がない、と取れる。しかし救われたら罪が罪としてあらわにされ苦しむのである。それは律法(異邦人の私たちには自分自身、ロマ2:14)の存在があるからである。
しかしハレルヤ‼私たちはこの律法からも解放されているのである。キリストの十字架によってそれがなされた。(ロマ7章)十字架によってもはや罪が罪として認められない、解放されているのである。変な教えかな?

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