とりあえず見えてきた。結果吟味が必要だが、各地に、主の愛宣教会をバンバン作ることである。伝道者としてである。日曜日は主の愛宣教会田無で奉仕して、平日は越谷へ行ったり、この狭山で集会を持ったり、各宣教会は月一でよいと思う。考えてみればD伝道者が毎週ひばりが丘に行ってM兄と集会を持っているではないか!これは本当に尊い働きだ。私の知らないところで主の愛宣教会は伸びていたのである。ハレルヤ‼ 風邪がちょっと辛い。癒されるようにお祈りください。また協力伝道者のT兄のメッセージも素晴らしい。混とんとした中でも秩序が見えてきた。
『宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです『よいことの知らせを伝える人の足は、なんと立派でしょう』ロマ10:14Ⅽ:15
とにかく神が行けといったところに行けばいいのです

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