「玄庵」へのキセキA  幸せ話


そもそも私が
小間のお茶室を建てたいと思ったきっかけは
何だったのだろう・・・

記憶を過去へと遡っていくと
それは
今から15年ほど前
お茶事のことが勉強したくて3年間通った
茶事教室での数々の体験が
起爆剤となっていたような気がします

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それではなぜ私は
その頃通っていた茶道教室だけに飽き足らず
時間とお金をかけて
お茶事の教室に通いたいと切実に思ったのか・・・


それはおそらく
私がまだ学生だった今から40年ほど前
当時習っていた先生が相伝の際に
催して下さったお茶事での
原体験があったからだと思います


母に勧められて
何となくお茶のお稽古に通い始め
数年たった頃

何の予備知識もないままに
突然訪れた「お茶事」の体験は
まるで天と地がひっくり返るような経験でした

何せ
「お茶なのに」お料理が出てきて
しかもあの怖いコワイ先生が
仲居さんみたく料理を運んできて下さる。。。


食べ終わったら
一斉にお箸を落として合図する???

そんなお行儀の悪いこと。。。

しかし私にとってこの時の原体験は
今思えば
あの十牛図の三番目に訪れる
「見牛」に例えられるのではないかと思います

つまり
いつも繰り返しているお点前の稽古が
茶事というひとつの流れの中の
ほんの一部分であったことを知り

茶道とは
ただお点前を覚えることだけではないことに気づき
茶道の本質を少し垣間見たように思ったのです


その時の新鮮な驚きが
「茶事をもっと知りたい」という
私の心の中で小さな火種となってくすぶっていて

その後20年近くたって
しばらく中断していた茶道を再開した時
一気に炎をあげて燃え始めたような気がするのです

→「玄庵」へのキセキB

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