神・・・大いなる力への確信  ひとり言


昨日は振替休日でした

夕方5時過ぎより
楽器店主催のピアノ発表会があるので
4時には家を出る予定でしたが
それ以外は特にすることもなく

体を少し休めたいという思いもあって
朝はいつもよりゆっくりと寝ていました

遅めの朝食をいただいた後
これから夕方まで何をしようかな。。と思いつつ
ふと何気なく窓辺を見ると

先日植えた「コーヒーの木」のポットに書かれた文字が
目に飛び来んできました

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Blessed is the man
that trusteth in the Lord,
and whose hope the Lord is.

Jer.177



「神の存在を信ずる人は祝福されます
神はその人の希望です」

そんな意味でしょうか。。。


聖書の中の言葉のようです

気になったので
本棚の前に行き
一番上の段の奥の方に入っていた
聖書を取り出してみました


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この文章は
旧約聖書の中にありました


「祝福されよ、主に信頼する人は。
主がその人のよりどころとなられる。」


と 書いてあります


なるほど。。。と思いつつ
聖書をもう少し読んでみたくなりましたが

そうはいっても
全部読むのはなかなか大変です


確か何年か前に
旧約聖書についてコンパクトに書かれた
本を読んだことを思い出し
本棚の奥の方をもう一度探してみました

すると
「旧約聖書入門」(三浦綾子著)が
出てきました

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本の裏表紙に
「1996年6月」と書いたメモがありました

夕方までの時間を使って
この本を
22年ぶりに再び読んでみることにしました


あるところまで読み進めると
赤いラインをひいたページがありました


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「神の知恵とそのみ心は、人間には計りがたく、
きわめがたいものなのだ。

だから、人間にとっては
『神がいられる!』
という一事がわかれば、
それで充分なのだ。


あとはすべてを神にゆだね、託すればよいのだ。

人間の考えをはるかに超えた、神の配慮を喜べばいいのだ。

人間の知恵は、しょせん頼むに足りない。

神への全き深き信頼、それが信仰なのである。(中略)

ヨブは神から答えはなくとも、平安を得たのである。」


22年前
私はここに書かれていることに
少なからず
心を動かされたのだと思います

しかし
当時はまだ
『神』という存在に対して
今ほど確信が持てないまま

心が揺れていたような気がします



その後
心の旅路をたどる中で
2018年の私は

それをあえて言葉で表すとしたら
『神』と言えるような

『宇宙の力』
『大いなる力』 

そのような
人智をはるかに超えた
『目に見えない力』の存在があるのだと

しずかに『確信』するようになりました


この本を
22年ぶりに開いたことは

そのことに気づかせていただくための
正に
「神の配慮」だったのでしょうか・・・



本を閉じて
ふと植木鉢に目を移し
はっ!としました


そもそも
この植木鉢に書かれていた言葉そのものが

「神の存在を信ずる人は 祝福されます」

でした!




感謝です




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