支那事変(今の中国)に出兵した○○上等兵は
弘前にある歩兵連隊に召集され入隊した
当時一緒に戦闘行動していた 中隊長の遺族に
どうしても最後の姿を話したいと言って
亡くなった
多くの事を話し聞いたけど 記憶に残っているのは数えるほどだ
支那で出兵中に腸チフスにかかった事
上官から日本刀で中国人捕虜を切れと言われたが 絶対切れなかったこと
中国兵の機関銃の陣地を奪還に行ったら も抜けの殻だったこと
(逃げた後だった)
ある戦闘で中隊長が撃たれて負傷した
当番兵だった上等兵は 中隊長のそばに行き介護、安全を確保した
負傷した中隊長は ○○上等兵 水をくれと何度も行ったという
しかしできませんと・・。
水を飲ませることは死を早める
遺族の方を探し見つけることはできたが
思いを伝えることなく 逝ってしまった
戦争 上等兵の小さな出来事 大きな行動
先日太平洋戦争の特攻 人間魚雷の番組を見た
特攻で死んだ人、魚雷を運んだ人 魚雷を作った人
等 今も特攻に行く寸前中止になって生きているひと等
勝てない戦争
なぜここまでやらなければならなかったのか
特攻で死んだ兵士はみんな若くこれからという青年ばかり
40年前 千葉県での一コマ
