2009/10/6

忘れる前に・・  

最近はTwitterのせいか、ライブの感想をなかなか書く気分になれず。
ではなぜ「映画」なら書けるのか?という問いは意外と批評についての深い洞察が含まれる気がするが、とりあえずは映画は時間や場所にとらわれずにその存在を作品で規定できるけれども、ライブには場所と時間が特定された一回性があるのだなとだけ記してみる。
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2009年9月13日(日) 18:00開場 18:30開演
原美術館 ザ・ホールでの「伊東篤宏 SOLO Live Performance V.R.」のこと
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伊東くんの演奏をいつ初めて見たのかよく思い出せないが、例えば駒場寮で、或いはこれも今は亡き西瓜糖での記憶が蘇る。
失われるものと常に同伴してきた伊東篤宏の作品/行為は、それが一瞬の光線の持続であるという象徴性ゆえに記憶にだぶって映る。
すでにここにあった音はいまさっき光った記憶の痕跡。持続する音は都度生成されるスイッチングの連続だ。

かつて、エフェクトを避けた伊東くんが、OFF SITEを閉じるとすぐに、弱音の呪縛を逃れ当たり前のようにロックすることは、事後的に了解される。

静寂で終わるこの日のライブは、まさに走馬灯のように現在の伊東篤宏の記憶を生起させた。今ここにいる伊東、そして自分。だがその今は本当にいまなのかあの時のいまかはわからない。即興は今ここの出来事であるがゆえに、かつて在りし日の「いまここ」をここに顕在化する威力がある。

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『GREG DAVIS & His Friends』
2009年9月26日(土) 19:30開場、20:00開演
落合SOUP(新宿区上落合3-9-10 松の湯B1F)
Greg Davis、FourColor+安永哲郎、chihei hatakeyama、虹釜太郎、西山伸基
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風呂屋を巡ったこの日。親しみやすいドアの向こうは、信じられないほど澄んだ音の虹釜さんのDJの音響。
音が時間を特定するタイム。
失われた、かつての、あらゆる場所の記憶の集合する場としての音響の重なり。
(虹釜さんのDJは、重なりのなかで重なりから見える一つの音を形成できる)

chihei hatakeyamaの残像を残さないままギターがかぶさる音響について。音響という言葉がそれ自体を指し示せないことについて。繊細さの奥に現れる人の姿について、、考える。考えて、考えることをやめる。演奏が終わる。

FourColor+安永哲郎、或いはオリジナルminamoについて
杉本佳一さんのここ最近の光景の顕在化については、自分としてはそれを退けたい演奏を試みていたがゆえに認めたくなかった。けれど、この日拮抗した二つの音は・・
この日の二つのオト。混じる合うことはなく、しかし、一つのユニットとして、そうそうないレベルの達成を見せる。

西山さんのDJ。ここの、この場の、この日のある特有の親密さ(この親密さは、ここしばらくの日々の親密さの持続を予感させる)を象徴する。雰囲気。


Greg Davisの音の塊をそこに置くかのような「演奏」(演奏?それ)は、、その選択の仕種において、自分がHAKONEで試みていたことを否応無しに彷彿させる(いや、それとは違うが)ものの、しかしその音質のクオリティと、選択の絶対性において、決定的な違いを示す。
音を構成する(演奏)でなく、音をそこに置くこと。もののように、風景を構成する意思や岩や、湖の、そして森林の、とりの声のように。

混沌から静寂ではなく、混沌のまま崩壊に至る過程。
マーラーについて、少し考えを巡らす。
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タグ:  音響 music

2009/8/9

最近のモーニング娘。  

まったく数年来ノーチェックだったモー娘。ですが、新曲がよかったのでへーって思いました。なんとなしにつんくの本気を感じるのは自分だけでしょうか?というか、ある意味いまはメンバーのビジュアル含め第二の黄金期かもしれない。

関係ないけどBase Ball Bearがいろいろ心配なのも自分だけですかね(笑)
ポテンシャルあるのになんかプロデュース方向がある気がするのですが・・


http://www.helloproject.com/morningmusume/index.html

http://www.baseballbear.com/
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タグ:  音響 music

2009/8/4

“Filament / 4 speakers”とライブ★Filament/8 speakers  

7月26日、parabolica bisに展示とライブを観に行く

Filament / 4 speakers
Filament(大友良英+Sachiko M)+高田政義+musikelectronic geithain

I'm Here .. departures..
Sachiko M

2009年7月20日[月・祝]〜8月17日[月]
http://www.yaso-peyotl.com/archives/2009/07/post_717.html

Filamentの展示について、言葉を弄するのはなかなか難しいので、直感的に
一階の暗い部屋。数人が緊張感をもってなにかを聴取している(ようにみえる)。こうした雰囲気は好きな部分と嫌いなところがあって、おそらく大友良英という人にもこうした分裂、すなわち日常的な明け透けで大雑把な感覚と、超越的に研ぎすまされて鋭利な刃物のようなところが共存してる気がする。それはパンクかもしれない。

天井にもともと穿たれた穴から光と、おそらくは二階のI'm Here .. departures..の音が漏れる
正面のシャッターが風に揺れ、激しく叩き付けるような音がする
異様なまでにハイファイな音がBalladのスピーカーから、もの凄い存在と定位を明らかにしたまま聴こえる
分裂が分裂のまま、凝集する事なく存在するその違和感に落ち着きをなくす
灯りは居心地の良さと不安を、やはりかき立てる

二階へ
I'm Here .. departures..

わたしは、いまここに居て、まさに出発する
一階と対照的なまでに白く硬質な、しかし優しく包まれるが、いつまでもここに居てはいけない
そこに旅行カバンは用意されている

ライブ
★Filament/8 speakers 

緊張と緩和。乗り合いバスのような親密な部屋。やがて演者はあらわれる
基本的な展示システムに重ねられる音。厳かに始まったライブの緊張は予想外のアクシデントで寸断される
曖昧なスタート
しかしそれは、この展覧会とライブの異常さを、結果的に際立たせる

いわゆる即興とも作曲再演とも違う演奏
予め予定された音に、その場の空気と意図が加味された音が重なる
ここでもまた予定と予定外の音は、止揚されることはない。しかもそれらは一カ所に回収されることはなく、より分裂した様相を呈しては、いつ果てる事のない無限の時間に向って出帆するのだ

唐突な終わり。バイクの音
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タグ:  音響 music

2009/8/2

「波の会」vol.6  

7/25(土)内藤瑶子さんの個展会場にて、関連ライブを聴く。
http://enha.2-d.jp/enhacontents/2009/06/post-6.html
@ギャラリーブリキ星/2009年7月22日(水)-30日(木)
ライブ「波の会」vol.6
秋山徹次、IL GRANDE SILENZIO(小川敦生+佐藤実)、松下学、毛利悠子、河野円

親密な場所と空気を感じる。内藤さんの絵はいままで観た中では統制を感じる。なぜかかつて通ったプロテスタント教会を思い出す

なんとなく始まる毛利+河野さんのマジックショー(のような演奏)。見えない場所でする音は松下さんによるものだ
松下さんの出す音は、純音で聴くと耳に痛いが、迂回して流れる音は木造建築の狭いけれど天井が高い会場では優しくなる
パンが飛んだり、本当に手品が飛び出すライブはくつろいで楽しく、時間が不思議に進む

不思議に進む時間・・IL GRANDE SILENZIOへ
小川さんのバンジョーの優しい響き。あぁ、こうして弾くんだ。と思う。正直、意外な印象(おそらく・・とても、優しい人だと、思った)

装置、佐藤さんによる。オルゴールのような、パンチされた紙がメタルの不安定な脚で支えられて動いては通電する。(どこか、拷問器具のイメージを・・と言ったら、けして愉快ではなさそうだった。すみません(笑))

ここでもまた、終わらない響き

コードを弾いては、繰り返す。繰り返されてはわずかにずれる(これはアルペジオ?でも、さらに変則的に、分断されては、変化する)。秋山さんの演奏

時間の流れは、通常の時間の長さとは違う、タイムレスな音の断層が積み上げられる感覚。いつ果てるとも果てないとも言えない。無限に近い至福と気の遠くなるような遅延の果て

やがて、演奏は終わる。いい時間
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