2009/12/31

冬コミ参加のお知らせ  文藝・漫画

!!!緊急割込み告知!!!
コミックマーケット77 参加雑誌 中間誌にて漫画発表。8ページ描かせてもらいました!当日は夕方から会場行きます!が、勘違いしててほとんど終了間際に顔出すか出さないかになります・・すみません!
あと、この雑誌はおそらく新年会でも販売します

3日目東4-ム09a 創作少年
あんまりひなこ
http://anmarihidoi.web.fc2.com/anmarihinako/


[参加概要]
新刊

中間誌

 
既刊
ネオンテトラの夜
中性誌
水源(ゴトーヒナコ個人誌)
夢から300円区間ゆき(anmari個人誌)
ポストカード・ミニキャンバス他

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2009/8/14

『社会は存在しない』もまだ読んでいない  文藝・漫画

8月2日(日)は『社会は存在しない』刊行記念トークイベント/セカイ系のクリティカル・ターン--2010年代のニッポンの批評に向けて--を聴きに青山ABCに行きました
出演:佐々木敦×蔓葉信博×渡邉大輔 司会:山田和正 
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_200908/_2010200982.html

この本のタイトルにはなにか80年代の懐かしさを感じます。でもこれも僕は今は意識的にあんまり読まないようにしてる三冊のうちの一冊なので、今月下旬あたりに読もうかなあと思ってます

トークは白熱しておもしろかった。というか、佐々木さんが最初に挑発したんだと思うけど、実質佐々木対山田という予想通りの構図になって、良くも悪くも現在の佐々木さんの立ち位置やセカイ系に対するスタンスの微妙さが伺えた

このあたりの討議は概ね、宇野/決断主義とセカイ系の関係と位置づけをどうみるかにそれぞれの立場が見えてくるのだけど、佐々木さんは相対主義でもなく、現在の社会認識が宇野、宮台、東といった面々において、総じて大きな違いがないとレジュメで書いている。

確かにポストモダニティの危機意識と社会の状況解説には、言葉の違いはあれど、大きな違いはないわけで、そこに現在の問題があるという佐々木さんの認識には賛同する
おそらくいまだだれもテン年代以降の処方箋について、それが必要か否か、あるいは可能かどうかも含め、きちんとした議論の俎上に載せていないのではないか。また、そうした議論の前提条件として、いまだ(それが有効でないとは思っていないが)超越性と一般性という二元論の枠組みを、実質的に乗り越えていないことに問題は感じる

このあたりの問題については、やはり『構造の力』とそれを乗り越えるべく書かれた筈の『存在論的、郵便的』がいまだ仮説の域を出ていないことにも要因は感じる。大澤真幸さんの考えもこうした枠組みを大きくでるものではない。「ゼロアカ」が落ち着いた今、パフォーマティブな実践に傾斜していた東さんのコンスタティブな次の著作は待たれるし、もちろん若手その他含んだ思想関係の本には期待したい

さらにこうした動きの中で沈黙とまではいかないけれど、表立った発言を控えていたかに思える、毛利さんの『ストリートの思想』は、別の角度からの状況分析と現在におけるカルチュラル・スタディーズの可能性を示すものとして興味深い。こうした状況が2009年に揃ったのは明るい兆しとも思うが、それにしても自分は隠居みたいだなと翻って思ったりもするが・・

話が大分ずれてしまった
しかし、それにしても「セカイ系」が扱うジャンル、作品はどれも自分にはなじみの薄いものばかりで、やはりそこからなにがしかの思想を端的に導き出してくれないとなかなかに理解が難しい。オタクからみたら僕はまったくの一般人なんだとつくづく思うが、しかし一般の人からみたらこれでもオタクっぽいらしくて困る。全然わかんないんですけどゲームとかミステリーとか萌えとか

でも「例外状態」をどう捉えるかはおもしろい議論で、フラットネスの延伸にそれを見る笠井さんと、モナド的に接続と切断(なのかな?)とみる小森さんの考えはそのまま物理学や宇宙論の議論とも重なるのだろうけど、ある意味現実的な場所で超越性を語る可能性を感じたり

個人的にはこうした状況にもっと美術が敏感であって欲しいと願うが、ぱっと見て松井みどりさんくらいしか浮かばない
自分もなんらかの形で活動したいとは思うけど、生活するだけで苦しい現在からとりあえずは「美術」という古くさいジャンルについていけるかから考えるしかない
(今回はさんづけでした・・)
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タグ: 文藝 文学 漫画



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