2011/4/18

Twitterのように  日々

Twitterのように、リアルタイムで呟いてみる。

仕事で使ってるノーパソ(といってもJさんのIBOOK)がいかれてしまい、もしやACかということで新宿へ。
やけに高いOEMのアダプターを購入した足で、19時過ぎのザ・ファイターを観ようとしているのがいま。

傑作かどうかは大概、観る前の情報である程度はわかるから安心してこの映画などは足を運べる。のだが、しかし平日だからかもしれないが、ほとんどガラガラの予約表を見せられると愕然とはする。

それはともかく、就活は意外な方向へ。もし希望が通れば初めて東京を離れることになる。経験から過剰な期待は持たないことにするし、さらにいま一つの面接待ちの方はごく平凡な(?)日常を愉しむ方向ではあるし。

とはいえ、ここへきて、仕事についての意識や、晩年へ向けた考えに変化が起きてるのも確かかもしれない。
いずれにせよ、無理せず毎日を凡庸に過ごしたい欲求は高まりつつあり、となると金のかかるライブやなんだからは自然足が遠のくだろう。

もちろん、それが日常に組み込まれたら別だが。「日常」か… いつしか「」づきになってしまったなぁ

追記:19:11現在、会場には自分ただ一人…。ようやくさらに五名、、さらに一人が来場。贅沢すぎる試写会かしらん。
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タグ: 日常 日々 生活

2011/4/18

万事乱調 或いはスパイダーマン3  映画

おかしな時間に強烈な眠気に襲われて寝たのだが、やはりおかしな時間に目が覚める。といってさほどおかしな時間ですらなく、今の自分のやりきれない気分を象徴してるにはふさわしい中途半端さだ。

 思いつきでTwitterを辞めたが理由は自分でもよくわからない。ただ、適当に呟くよりかは、誰かに読まれることを意識して「呟く」方がめんどくさいのは確かで、概ねそんなとこなんだろうとは思う。
 もちろんブログがそれよりめんどくさいのは言うまでもないことで、だから呟いてたはずなのだけど、でも一日2000字は呟いてたくらいだから、なんとなく作文の練習にでもなるんではないかと思ってこうして向かってみたりする。

 映画について書くのは一番なにもかんがえなくて良いから気分が楽だ。例えば今日途中から流して観た「スパイダーマン3」だが、最初傑作と思い、しばらくして疑問が湧き、やがてデプレシャンに同調してだめなんじゃないかと思ったりもしたものだが、今日はその駄目だと思った部分が全部反転して良く思えたりした。
 案外、批評なんてのはそんなものでいいような気もする。決定的に○×をつけるのが批評だという原理はよく耳にするし、おそらく正しいのだろうが、鑑賞する(或いは読む、聴取する)主体は千差万別で、よい作品は、駄目にしろ良いにしろ、なんらかの傷を残すところにあるのだろうから。

 スパイダーマンシリーズでどんどん宗教的感興に浸ってくサム・ライミの心中に何があったかは知り得ないし知る必要もないだろう。ただ、あれだけの大バジェットの作品に、内面を反映するなどできるのだろうか。もちろんそんなこともなく、ただそんな不安定さすらが演出なのかも知れず、だとしたら本当に驚く他ないのだが。
 自分の足りない知識では、その参照元であろう怪奇映画もドイツ表現主義もノワールもただなんとなくしか伝わらないのだけど、そのただなんとなく伝わってしまうとこももちろん、あらゆるカットのタイミングや、歪んだレンズの選択や、不意に現れる奇妙な顔のインサートなどに、どうしても B級映画であると言われかねない作家性の痕跡を残さずにいられないこの映画作家に妙な共感は覚えてしまう。

 ここ最近の不安定な日常や、酒や、女の子のことや、不意に思い出した無教会主義への共感や、なぜ作品が作れないかや、就職の顛末や、日曜が休みだったバーや、月や、ニーチェや、サンデルや、さまざまな話題が浮かんでた筈なのに、結局はスパイダーマン3のことを書いてたなんて。

 ああ、そういえば、金曜に現代HEIGHTSで聴いたライブはよかったし、宇波くんの隣席というのもなんだか楽しかった。どうやら自分はHelloが好きみたいだ
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2011/4/3

'somewhere' ソフィア・コッポラ  映画

もはやブログになにかを記すことに無理を感じてきてる。そこにtwitterの影響は当然ある。
断片の集積から類推すべき全体。そうした構造の方が、思考の現在を照射するにはより即物的で、詩的な気がしているのだ。そういえば、ソフィア・コッポラの表記の新作にも、そうした構造の映画への落とし込みが見られていた気すらしている

映画『somewhere』について、以下、なるべく具体なシーンに触れずに書いてみる

「ホテルを巡るハリウッド・セレブの映画」として「ロスト・イン・トランスレーション」に続くかに思えるこの作品は、しかしそうしたテーマの一貫性以前に、ソフィア・コッポラという映画作家が、特別な環境で育った特別の存在であると同時に、パーソナルな存在である自分についての私小説的な関心こそが、その映画的動機のエンジンとなっており、同時に映画作家である彼女の矜持足り得ていることの証左となっている

当然のようにカサヴェテスを召還するこの作品には、イタリア映画への眼差しのみならず、例えば走る車のツーショットを捉える眼差しの中に、あのドワイヨンすらが浮かび上がってくる。そうした幾多の映画的記憶。だが、そうした記憶もまた、ソフィアにとってはシネフィル的関心としてではなく、極めて高名な映画作家の娘として育ったその境遇とセレブリティであるがゆえの孤独と密接に結びついてしまっているようだ

 セレブリティであることは、恥ずべきことではないだろうが、一般大衆からの乖離を余儀なくされる。それだけでなく、そこには資本家と大衆という高低差も生起する。自由と平等を理由に資本家を糾弾するのはさほど難しくはないかもしれない。しかし大衆社会もまた資本の恩恵で成立していることを思い出す時、そこでスポイルされるべきは必ずしも資本家でもセレブリティでもないことは言うまでもない。金持ちにも貧乏人にもあらゆる人が孤独に苛まれ、望まない分断の中で生きざるを得ない。そうした現代の孤独は、或いは資本の恩恵が集中し、顕在化するある種の人たちの矛盾の中に否応なく体現されるのだ。我々がヴィスコンティの退廃に感動し、そこに共通の悩みと救済への思いを認めることができるのもまたそういったことではないだろうか

 ソフィア・コッポラはそうした現代的な金持ちの一人であり、いわゆるセレブに属する階級である一方、極めて大衆性の高い、デザインとサブカルチャーにまみれた稀有な存在でもある。そこに彼女の特異性がある。「マリー・アントワネット」において、貴族における大衆性の顕在化を示し得たソフィアだが、ここではより自らを見つめ、逃げることのできない孤独と不安をあぶり出そうとしている

 「ロスト・・」と比して圧倒的にミニマルで言葉少ないこの映画は、ショットと言うよりもはや「写真」といって差し支えない絵画的な構図の画が全体を牽引する。主人公を中心とする人々が、そうした写真的フレームを往来する姿を示すことにより、内面の描写や比喩でなく、それら出来事や事実、事物の集積によって可能となる「時間」によって、我々の心にはダイレクトに物語を支える心象が結ばれる

 私たちは確かに映画館に居り、そこで出来事を示す映像を眺めては、効果的な音響によって疑似体験をしている筈なのだが、ここでは、もはやホテルに留まる客の一人であるかのようだ。ハリウッド・セレブの日常の生々しさが、ハリウッド・インディーの系譜の中で語られる映画。そこには「ラブ・ストリームス」の影も差すかもしれない。また、バルチュスの絵に見られる退廃が、稚拙に奏でられるかのバッハの中に息づいているシーンを目撃するかもしれない。ひたすらに透明な眼差しの中でただただ示されるショットが紡ぎ、結果として示される物語。反語的ではなく、アーカイヴの集積によって感じられる触感。こうした手法が、もしかしたら3D以後の映画の別の可能性を示しているといっても過言ではないだろう

 とはいえ、いましばらくはこの穏やかな日差しの中で、抑圧と解放が、その調整ギリギリの張りつめた画面に漲るこの映画に宿る、魂の交感と救済への希望について、その見えない先に思いを向けていたいとも思っている

http://www.somewhere-movie.jp/index.html
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2011/1/18

『ソーシャル・ネットワーク』  映画

http://www.socialnetwork-movie.jp/

 映画『ソーシャル・ネットワーク』を観た。
 *以下、内容に触れています

 通路のようなキャンパスを舞台に、四角い箱を繋ぐ迷路のような廊下や階段を駆け巡る青年。開いては閉じるドア(それらはあたかもネットワークのメタファーのようでもある)。
 青年はその向こうに起こる華やかな狂騒や怒りや嘆きに、うまく対応できずにひたすらキーボードに向かうほかない。『ソーシャル・ネットワーク』は、そうした孤独な青年による報われない愛についての映画だった。

 キャンパスを舞台に、孤独な天才が活躍しやがては失脚、或いは成功するという物語は、アメリカンドリームの典型であり、さほど珍しいテーマではない。そこそこの技量のある監督が演出すれば、大きな失敗もなく「いい映画」ができるジャンルかもしれない。
 だが、今なお急成長の最中にある企業の若き天才を取り上げ、いったいどのような伝説を語り得るだろうか。果たしてフィンチャーは、ごく短い期間に学生から起業家へ変貌する主人公の成長よりは失敗に、栄光よりかは孤独にスポットを当て、いわゆるビルドゥングスロマンを歪形し、今ここにある現実の変容を定着する事の試みに向かった。

 冒頭、音楽にナイン・インチ・ネイルズ(名義ではないが)のクレジットを発見した直後、うんざりするような切り返しで、恋人同士の喧嘩をクローズアップで見せられた私たちは、延々と(しかも映画の終わりまで)響くベースを聴きながら、キャンバスを闊歩するマークの姿を見せられる。或いはそこにガス・ヴァン・サントの『エレファント』を想起もするだろうが、この映画の主人公も、女の子を巡る思春期の妄想をもて遊んでいる。こうした主人公の未熟さが、やがてバーチャルなネットワークとして肥大化していく。
 伝統あるクラブへの所属や女の子にモテたいという欲望。そして、恵まれた環境の下、エリートコースを進む資産家の息子へのルサンチマン。ともすれば類型化を免れないこのようなテーマを畏れる事なく、フィンチャーはあっけらかんと語っていく。むしろ、そのあからさまな様こそが「ソーシャル・ネットワーク」であるかのように。

 だが、全体の語りにおいてこの作品はあくまでも係争中の事件を振り返る形をとる。かように「バーチャルなネットワーク対現実」といったありがちな構図は、記憶の中の「思い出と出来事」という図式に重ね書きされては、現実すらが夢のように、学生の青春がまるで終わらないレイヴ・パーティであるかのように描かれていく。
 自らのクラブをバーチャルなネットワークへ見いだして行く主人公だが、いくらその駒を進めても「現実」に辿りつく事はない。むしろ本人がその生々しさを嫌うかのようでもある。ただ注意したいのは、ここで描かれる物語が、必ずしも現実の仮想への優位を賛美しているわけではないということだ。映画の中で、現実もまた夢のように記憶の中でスローモーに再生され、汗の飛び交うレースも、被写界深度の浅い記憶でしかない。

 『ベンジャミンバトン』においても、フィンチャーは「現実」を色を失った世界として描き、人は傷に触れ合うことによって初めて存在を確認していた。
 元来、現実はあちらとこちらに分かれて存在しているわけではない。ただ、世界はいつしか分裂してしまったのだ。『ソーシャル・ネットワーク』はけして世界はこうあるべきだと啓蒙する映画ではない。そこにあるのは、もはやそのようにしてしか世界を捕捉できない現在への嘆きであり、それに気付き、特権的な眼差しを手に入れた限られた存在の孤独についての記述である。

 私は今、目の前にいる人を愛せるだろうか。
 『ソーシャル・ネットワーク』はそうした単純な問いのみで作られた稀有な映画であり、もしかしたら『ゴダール・ソシアリスム』への地上からの返句かもしれない。
  いずれにしろ観る者は痛みを強いられるだろう。

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2011/1/5

選曲CDR  日々

手もとにあるCDは、ここ一年半でかなり売ってしまった。
当然、新たに購入したCDなど数えるほどでもなく、そもそもマニアックに曲を集めるタイプでない上に、数少ない曲のすべてをパソコンにアップしてたわけでもない。

 と、いうことで、やれることは限られてて芸もないのに、ストレス解消的にバイト先のアダルト売場でかけるための選曲CD-Rをある日作り出していたのだけど、今日作ったので4枚目になった。
 前に一枚目の曲リストを書いた気がしたので、2〜4枚目の曲を並べてみます。

 *いくつかは間違って入れてしまったものもあったり、データ容量が多くて入らなかったりしてるのもあるので、もしかしたら正確じゃないかもしれない。パソコン環境もなかなかに良くないのです・・

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「2010_12_ 冬に優しく」
・熱 aiko 暁のラブレター
・Rhymin & Stealin Beastie Boys Licensed To Ill
・屋根と鯨とチラリズム Detune. わ・を・ん
・Darla Why? Anticon Label Sampler: 1999 - 2004
・An Open Letter To NYC Beastie Boys To The 5 Boroughs [Bonus Track]
・Brave New World Public Image Ltd. 9
・Nel Pushpin Harmony ESP
・Gamma Ray Beck Modern Guilt
・M.I.J. MOONRIDERS AMATEUR ACADEMY 〜20th Anniversary Edition〜 [Disc 1]
・Mary-Christ Sonic Youth Goo
・警告 椎名林檎 無罪モラトリアム
・Apostolic Loose Fur Born Again In The USA
・鉄風 鋭くなって Number Girl 鉄風 鋭くなって
・CLOUD CUCKOO LAND 嶺川貴子 CLOUDY CLOUD CALCULATOR
・Sound & Vision The Sea And Cake One Bedroom [Japan]
・Moonlight Shadow Mike Oldfield Crises

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「2010_師走」
・Come Wander With Me Jeff Alexander The Brown Bunny Soundtrack
・リバーサイド ホテル 井上陽水 GOLDEN BEST [Disc 1]
・The Sea Saint Etienne Continental [Japan release]
・We Are Nowhere And It's Now Bright Eyes I'm Wide Awake It's Morning
・Pretty Sparks Loose Fur Born Again In The USA
・AMORE 坂本龍一 Best of 坂本龍一 〜VIRGIN TRACKS
・サマー・ガール 豊田道倫 しあわせのイメージ
・さわやか会社員 相対性理論 ハイファイ新書
・Easter Theatre XTC Apple Venus Volume 1
・犬と猫 中村一義 金字塔
・マカロニ Perfume GAME
・君の瞳の湖 白井良明 City of Love
・Way Of Life New Order Brotherhood
・Major Leagues Pavement Terror Twilight
・あの家に帰ろう Chara STRANGE FRUITS


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「2011_01_新春」
・Television Eyes Trans Am Futureworld (Japan)
・Metrorail Thru Space Cut Chemist The Audience's Listening
・Futureworld  Trans Am Futureworld (Japan)
・is this LOVE? 菅野よう子 マクロスF O.S.T.2 娘トラ。
・Nowhere Fast The Smiths Meat is Murder
・Watching Water Alias Anticon Label Sampler: 1999 - 2004
・Break beats ERA RIP SLYME EPOCH
・54 Cymru Beats Aphex Twin Drukqs [Disc 2]
・What A Dilemma Fred Frith Gravity
・Civil War □□□ クチロロ
・Uh-Oh Pit Er Pat Shakey
・Orphans Beck Modern Guilt
・乙女 パスタに感動 タンポポ Together! -タンポポ・プッチ・ミニ・ゆうこ-
・Holiday Metronomy Nights Out
・Watermelon Otomo Yoshihide Invisible Songs Sora
・魔法の国 鈴木さえ子 科学と神秘
・Crack Pipes Sage Francis Anticon Label Sampler: 1999 - 2004
・PART1 imoutoid ADEPRESSIVE CANNOT GOTO THECEREMONY
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タグ: 日常 日々 生活



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