平成9年9月8日 産経新聞
斜断機 ”
世界史上まれな”勲章の王様
月間誌「潮」をはじめ創価学会の一般向け出版物はいろいろあるが、そのひとつ
「創価学会ニュース」を見ていつも驚くのは、その大半が一個人の宣伝に当てられていることだ。八月号を例にとれば「世界的彫刻家と語らい」「モンゴル国立大学の名誉哲学博士に」「世界百都市が顕彰」「中国蒙古文学学会の名誉顧問に」などなどの目次のもとに扱われいるには、
「上、御一人」池田SGI(創価学会インターナショナル)会長のみ。例えばこんな調子だ。
「池田SGI会長に対する世界最高学府からの「名誉博士」「名誉教授」の顕彰は、これまで四十五を数える。決定通知があったものを含めると五十を越え、
全世界の歴史上、極めて、まれである。五十もの大学からの「英知の宝冠」。。。それは何より雄弁に、世界が認めたSGI会長の業績の普遍性(ユニバーサリティー)を物語っている」
「「世界市民」としてグローバルな平和行動を展開する池田SGI会長には、これまで海外一〇七都市から顕彰が行われいる。最高賓客/特別顕彰/名誉市民/勲章/市の鍵など、その栄誉は多彩。そのうち名誉市民に相当する称号は、七〇余都市から贈られている」まことにおめでたいことと申し上げたいところだが、
この礼讃記事を文面通り受けとる者は、忠実なる信者以外にあまりいないことを、そろそろ編集者は理解したほうがよかろうと思う。
第一に、
掃いて捨てるほど与えられた名誉博士/名誉教授は「英知の宝冠」などではなく、
信者の汗の結晶である莫大な「寄付金の宝冠」である。
第二に、
教授や博士の称号をかくも有り難がるということは、
池田会長個人に学歴不足、学問不足の抜き難い劣等感があると見透かされること。
第三には、
勲章や顕彰の多さをこれほどまでに喜ぶということは、名誉欲の旺盛な俗物性を宣伝するようなものであって、
仏教指導者としての深い自覚に欠けることの証明でしかないこと。
日本は大転換期。この大教団もいよいよリストラの時を迎えたようだ。

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