ここはボクの家。
ボクがこの世から消えるまでがボクの家。
リビングにはテレビがあって、その近くの窓ガラスをぶち破ってきた女の子が一人。
その女の子は自分が魔法使いだという。
何度この魔法使いに残虐な仕打ちを受けただろうか。
そんな彼女にボクの家を乗っ取られるのも時間の問題だ。
これはボクの家を渡すまいとする哀愁のストーリーなのだ。
もうダメだ・・・。
厄介者が二人も増えるとなると・・ボクの平穏ライフは確実にめちゃくちゃになる。
二人・・・。
うぅ・・二人・・・。
そんなことにうなされながら、ボクはゆっくりと目を開けた。
目の前に広がる天井。
うわぁ、なんて広いんだろう。
周りに人がいる気配はない。
シーンとしていて、田舎の夜の山にいるようだ。
虫の声がどこからともなく聞こえてきそうな、そんな空気が漂っている。
今日は平和な一日になるといいんだけど・・・。
やはりそんな甘い考えを持ってはいけないと、後で後悔することになった。
人生って自分の願望がそのまま直球で起こるわけはないのさ。
ガシャーーーン!
おやおや・・何かまた面倒くさいことを誰かさんが起こしたようだ。
きっとコップの水をひっくり返して水でもかぶったのだろう。
ちょっと心が晴れやかになるのはボクの心が彼女のせいで曇っていたからなわけで・・・。
どれ、観察でもしに行くかな・・・。
ボクは階段を下りて軽い足取りでリビングに入ったのだが・・。
・・・愕然とした・・・。
何がどうなってこんなことになってしまったのか。
小さい彼女が・・・五人も・・。
「「「「「あ、賢介くんだー!!おはよぉー!」」」」」
わらわらと足もとに集まってくるチビちゃんたち。
「ねぇねぇ賢介くん、私ね、私ね。」
「水をかぶったのー!」
「したらね、したらね。」
「ぽぽぽーんって!」
「増えたのー!!」
おおおお!!!?
こんなにも鬱陶しいことが今までにあっただろうか!?
しがみ付くな!
暑い!
首に抱きつくな!
苦しい!
ステーン、ボテッ!
あ・・一人転んだ。
気のせいだろうか・・・彼女の精神年齢が著しく低下しているようだ・・。
まてよ・・・。
彼女の本当の年齢を五等分したとかではあるまいな・・・?
ぐるぐるとボクの周りを走り回っている。
「きゃははははー。」
「やー、たっけてー!」
「やんやんやん、賢介くんこっち見てー。」
「賢介くん、牛乳がのむのむの〜?」
「すくるぷすくりぷすくらっぷ〜!」
ズドーン!!
見事にテレビがスクラップだ・・。
煙がもくもくなのー・・・・っへ!
蹴り飛ばしてくれようか・・・。
それにしてもこの状況・・いかにして脱出するべきだろうか。
ポフポフ。
彼女たちの中の一人が、ボクの背中を呼んでいる。
「お腹すいたのー。」
そうだった、朝食がまだだったな。
テーブルの上を見ると食事の用意がされていた。
牛乳とコップが二つ、そして食パンが二斤お皿の上に乗っている。
きっと彼女が用意してくれたんだろうな。
二斤・・・。
ん、ぁ・・食べ・・・バカな!?
そんなに食べれるわけがない!
何を考えて朝からそんなに食べようというのだ・・。
と、まぁ・・まずはそんなことを詮索している場合じゃないな。
早く食べさせてしまうとしよう・・。
「はいはーい、みんな集まってー!今から朝食の時間だよー!」
「「「「「わーい!」」」」」
ピョンピョンとテーブルの上に飛び乗る彼女がいれば、テーブルの脚からよじよじと上る彼女もいる。
中にはボクの事をじっと見て、上に運んでくれと要求する彼女もいる。
ボクは足りない分のコップを食器棚から取り出し、テーブルに置いた。
熱い視線がボクに寄せられている・・・。
「・・・なに?」
「「「「「・・・・・・・・・・。」」」」」
牛乳とコップとボクとを何度も視線が往復している。
「あ、はいはい・・。」
入れてあげないと何をしでかすかわからないからな。
コポポポポポ。
「「「「「ほーーーーー・・・。」」」」」
コポポポポポ。
「「「「「はーーーーー・・・。」」」」」
牛乳がコップに注ぐことがそんなに面白いのだろうか。
そんなに感心すべきことなのだろうか。
全員分に牛乳が行き渡ると、彼女たちはクピクピと飲み始めた。
「美味いか・・?」
「「「「「みゅー!」」」」」
飲みながら返事をするため、プクプクと口から気泡が出てくる。
みんなニコニコしながら二斤の食パンは片づいてしまった。
ボクはちょっとしか食べなかったのに・・・。
小さいと食欲も旺盛になるんだろうか?
時間もなかなか頃合いもよく、学校に行く時間になっていた。
こいつらも行くのか・・・?
「学校行く人・・・いる?」
「「「「「はーい!」」」」」
全員が行く気のようだ。
学校で問題が起こる確率はフルスロットル全開で、十割の可能性で百パーセントなのだ。
どうやって連れて行こう・・?
そうだ、リュックと手提げカバンがあったな・・。
リュックに二人、手提げカバンに一人、頭の上に一人でいいか・・・。
やれやれ・・・登校で今日一日分のスタミナが尽きそうだ。
ボクは押入れにしまってある彼女運送用の秘密道具を持ってきて、彼女たちと勉強用具を入れた。
・・・・・ペットの犬か猫のようだな。
ちょこんと顔だけ外に出ている。
あ、そうだ・・・。
こいつらは学校に行っても授業中にうるさくするに違いない!
落書き帳と鉛筆でも持っていくかな。
それと手なずけ用のこんぺい糖・・・役に立つかはわからないけど一応ね。
上靴も外靴もないから靴下のままで行くことになるけど・・・いっか。
ボクが学校に着くまで、登校中にすれ違う人は何人もいたが、誰も気にしている様子ではなかった。
ペットかなんかだと思ったのだろう。
そうに違いない。
ボクにくらいそう思わせておいてくれ。
人間どこかに心の逃げ道を作っておかないと壊れてしまうからな。
教室に入ったボクは、あまり騒ぎにならないように静かに自分の席に座る。
「よっす、賢介!」
いつも通りボクのことを見つけては朝の挨拶を積極的にしてくる友達。
「ぁ、あぁ・・・。工藤か・・。」
「なんだなんだ〜?俺じゃ不満なのか?」
「いや、そうじゃなくて・・ちょっと悩んでいることがあってな・・。」
「・・・ほぉ・・・・ズバリ恋か?」
工藤はいつもいつも浮ついた話を期待しているのだが、またその期待を裏切ることになる。
「違う・・・このカバンの中を見てくれ・・。」
そう言ってカバンの一つを差し出す。
「どれ、見ようか・・・。寝てるな・・・・・・・犬か?」
「いや・・・。柊のつもりなんだが・・。」
「・・・・・・お前との子供か?」
「なんでそうなる!」
まぁそう考えるのも無理はないな。
普通の人間ならばいきなり小さくなるなんてことは・・・・・。
「これはこの前に転校してきた柊愛だ・・。」
「こ・・・・これが!?」
驚きを隠せない工藤が一歩後ずさりをした。
再びジッと見つめる工藤。
「・・・・・・・・・・・いくらだ・・?」
売れるものなら売ってしまいたい。
「悪いが非売品だ・・。で、これがまだいるんだ。」
「まだいる・・・と?」
残りのカバンの中身を見せるボク。
「ぉ・・お・・・ぉぉ・・・・こんなに・・。で・・・・・いくらだ?」
「だから非売品だ・・。」
「そっか・・・・んじゃ今日はこの柊さんどうすんの?」
「とりあえず、出席させておくよ。」
いや待て、そんな簡単でいいのか?
もっと他に訊きたいこととかないのか!?
それとも工藤、お前は何か感づいているのか!?
その日からだった。
ボクのクラスで異変が起き始めたのは。
ガラガラ。
「はーい、みんな席についてー!」
やれやれ、ようやくホームルームか。
・・ん・・ぉ・・・ぉお!?
入ってきたのはいつもの担任ではなく、少し赤みがかった髪をした若い女性だった。
メガネをかけているが・・・琴音さん・・・・そういう意味か。
てっきり生徒として来るのかと思っていた。
「じゃあ出席を確認しますね。ん〜・・・宮本くん、柊さんは?」
「え、いや、あの・・・。」
ボクがオロオロしていると、琴音さんはボクが持っているバッグやリュックを見るやいなや、ボクの方を見てニッコリとうなずいてきた。
なるほど・・・そうか、魔法使いだからな。
みんなの記憶を操作して、準備は万端ってわけか。
ボクは安心してカバンから小さくなった彼女を取り出した。
むにゃむにゃと目をこする彼女。
「・・・・・な、なんじゃそりゃーーー!!」
クラスのお調子者、桜井が奇声を上げた。
その声に続いてザワザワと徐々に騒ぎ始める教室内。
「宮本くんって、あんな趣味あったんだ〜・・・。」
え、ちょ・・・あれ・・。
魔法でわからないようにしてるんじゃなかったの・・?
「あっはっはっはっは。」
「琴音さん・・・笑っている場合じゃないですよ・・。」
「はいはい、タイムストップ。」
彼女の言葉で、時間は止まったようだ。
その証拠に周りのみんなは動かない。
愛ちゃんたちも動かない・・・というよりも、ただ眠ってしまっているようだ。
今日は火曜日。
お気づきだろうか・・。
まだボクの生活が急変し始めてから、ほんの数日しか経っていないことを。
一日が濃い上に、時間の経過もゆっくりとしている気がする。
学校生活はこれからどうなるのだろう。
くそ・・・・。

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