【猫と水】
ボクはそこにいた。
どうしてそこにいるのかはわからなかった。
ただボクにわかることは自分が猫であるということ。
そしてもう一つはボクには飼い主がいるということ。
飼い主はボクに毎日ご飯をくれた。
いったいなんでボクにご飯をくれるのかなんて考えもしなかった。
そしてある日パッタリとご飯をくれなくなった。
それがわかったのはくれなくなってからしばらく経ってからのこと。
それはある冬の寒い昼のこと。
ボクは兄弟と喧嘩して身体に傷を負って倒れていた。
兄ちゃんに突き飛ばされて地面に転がっていた。
猫づきあいが下手なボクは相手を怒らせてしまった。
相手の気持ちをいっぱいいっぱい考えてみたんだけど、ボク・・・バカだからわからなかったんだ。
ボクは身体からたくさん血を出したよ。
目が霞んできてもうダメだって思ったんだ。
すると誰かが走ってきてボクの身体をひょいと拾い上げたんだ。
それはボクの身体を見ると騒ぎ出したんだ。
すごく大きな音で吠えていた。
きっと食べられちゃうんだと思った。
その日のことはココまでしか覚えていない。
目を覚ますと温かい空間にボクはいた。
地面はふかふかしていた。
身体がちょっぴり痛かったんだけどなんとか動ける感じだった。
ここはどこなんだろう。
周りを見るとそこには後ろ足だけで歩いているヤツがいた。
そいつはボクのことをジッと見てくるんだ。
睨み付けてくるみたいで怖かった。
でもそれは誤解だったってスグにわかったんだ。
そいつはボクの目の前に器を置いたんだ。
何かなって思って覗き込むとそこには白い何かが入っていた。
二本足のそいつはボクの身体をゆっくりと撫でてきた。
最初は怖かったけどちょっと安心できる感じだった。
少し痛かったけど温かかった。
魔法にかかったようにその白い何かに引き寄せられていった。
ぺろってするとそれは懐かしい味がした。
その日からそいつはボクの飼い主になった。
ある日ボクの飼い主がボクにこんなことを言ったんだ。
「お前はいい友達を持ったな。俺にはあんなに勇敢な友達なんかいないし、あんなことしてあげれる友達なんていないよ。」
なんて言ってるのかはわからなかったけど、ゆっくりと撫でてくれるのは気持ちよかった。
「友達がくれた命なんだから、しっかりとそいつの分も生きてやらなくちゃな。」
頭を撫でてくれるのが嬉しかった。
「俺さ・・旅行中に両親も兄弟もみんな事故で死んじゃってさ・・・お前と同じ一人ぼっちさ。お前はそのどれかの生まれ変わりだったりしてな。」
ぎゅっとされて苦しかった。
そいつは目から水を出してくれた。
ちょうど喉が渇いていたボクはペロってなめちゃったよ。
少しだけしょっぱかった。
「くよくよしてても仕方ないよな・・。俺、いつか遠くに引っ越そうと思うんだ。お前もくるか?な〜んてな。猫にわかるわけないか。」
ボクはバカだから言葉なんてわからない。
でも一つだけわかるんだ。
こいつはボクにご飯をくれる。
ボクの怪我がすっかり治って自由に部屋を歩きまわれるようになった。
でもどこを探してもそいつはいなかった。
どうやら「シゴト」というものをしているらしい。
ご飯をくれる時間はいつも決まっていたのでボクはそれほど気にはしていなかった。
「シゴト」ってなんなんだろうと考えたこともあったけど、そんなんでお腹は膨れないから一日中ずっと寝てた。
待っていればご飯をくれる時間がくる。
でも今日のあいつは何か様子がおかしかった。
変化が起こったのはあいつだけじゃなかった。
もう一人後ろ足だけで歩くヤツが入ってきた。
違うところと言えば髪が長いってところくらい。
いったいなんなんだろう・・・。
ボクは大人しくそいつらを見ていることにした。
ご主人はボクにいつもしてくれるようなスキンシップをもう一人のヤツにしている。
ちょっと羨ましかった。
ボクだけにしてくれると思っていたのに今日はあんまりしてくれなかった。
ご飯はもらえたからいいんだけど。
そんなある日のことだった。
ボクはいつもと同じようにご飯を待って寝ていた。
でもその日は違った。
いつまで待ってもあいつは帰ってこなかった。
プルルルルって音が何度も鳴っていた。
うるさいなぁって思った。
そしてその日はあいつも帰ってこなかったしご飯もくれなかったんだ。
次の日はあいつじゃなくてもう一人の髪の長いほうがご飯をくれるようになったんだ。
目から水を出していたけど、喉は渇いてなかったからなめなかった。
同じご飯なのになんでか美味しくなかった。
その次の日も髪の長いほうがご飯をくれた。
やっぱり美味しくなかった。
ご飯じゃなくてあいつに会いたかった。
何日経ってもあいつは帰ってこなかった。
何度もあいつに会いたいって思った。
でもあいつは帰ってこなかった。
久しぶりに撫でてもらいたくなった。
我慢しきれなくなって髪の長いヤツに甘えてみた。
脚に頭をすり寄せて甘えてみた。
そしたらそいつは目からたくさん水を出したんだ。
「ごめんね、私が車にひかれそうになって彼が助けてくれたばっかりに・・・。ごめんね、ごめんね・・。」
ボクはちょうど喉が渇いていたからペロペロなめたんだ。
でもその水は止まらなかった。
喉の渇きがなくなったけど、懐かしい味にすがるようになめていた。
そいつが水を出す理由はわからなかった。
ボクはいつからかそこにいた。
ただボクにわかることは自分が猫であるということ。
そしてもう一つはボクには飼い主がいるということ。
飼い主はボクに毎日ご飯をくれた。
いったいなんでボクにご飯をくれるのかなんて考えもしなかった。
そしてある日パッタリとご飯をくれなくなった。
ボク・・・バカだから・・ご主人が帰ってこない理由もわからなかった。
でも一つだけわかることがある。
ボクはご主人が好きだ。
きっと「シゴト」が長引いているだけなんだよね。

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