2006/3/14
95年の夏は、毎日がゆっくりと過ぎていく。
それなのに、気が付くともう8月が終わっちゃう!という感じ。
毎日、お腹の中の赤ちゃんのことを考えて、
考えて、考えて、、、、
そんなある日、知人から電話が入った。
その彼女はアフリカ国籍の人と結婚して、子供を産んだ。
「経済的に不安なら、
CAPっていう支援制度がある病院に行ったらいいよ。
低所得の人は出産費用を実費で出さなくていいから。
私もそれで子供産んだんだ。」
「CAP?」
「アメリカ国籍じゃなくても援助してもらえるし、
ミルクとか、オムツとか、子供のための費用は
出してもらえるの。
申請しとけばフード・スタンプって金券が郵送で届くから、
それでスーパーマーケットで買い物できるのよ。」
「それいいね。でも私働いてるからどうかなぁ。。」
「私はCAPのためにバイトやめちゃった。」
「まぁ働かなくてもお金がもらえるんならねぇ。。。
でも私はビザのことがあるから仕事は辞められない。
テリーが結婚しないつもりだから、
自分で会社のビザは確保しないと。。」
「何で結婚したくないって?」
「彼の周りで離婚してる人が沢山いて、
結婚に疑問を感じるんだって。」
「そうかぁ。。」
私は早速CAPとやらの相談センターがある
St.Mary's病院へ行くことにした。
ここで支援制度が受けられないなら、赤ちゃんは諦めよう。
これが最後の頼みの綱…。
翌日土曜日。
14丁目までAトレインに乗り、病院へ。
滅多にお世話にならない病院。なんだか緊張する。
入ってすぐの窓口でCAPについて相談したいと言うと、
すぐ隣の部屋へ通された。
「用紙に名前、住所、所得などを記入してください。」
“地域社会支援計画(Community Assistance Program-CAP)申請書”
と書かれた一枚の紙に記入し、担当者を待った。
待つこと約5分。
担当者が用紙に目を通し、早々とこう言った。
「あなたの収入ではCAPを受ける事ができませんね。」
不安的中だ。
「でも、今の収入では自分ひとりが生活するのに精一杯で、
子供を生むには足りないんです。」
「気持ちはわかるけれど、政府の規定があるのでね。」
「。。。。。」
「CAPを受ける為に仕事もしない人達も沢山いますよ。
お勧めはしませんけどね。」
働いてない人、働きたくない人には本当に助かる制度。
だけど、私のように頑張って働いているのに
子供を育てるお金が十分無い人にとっては不公平だ。
「ありがとうございました。」
私は病院を出てすぐ、
公衆電話から家にいるテリーに電話をした。
「どうだった?」
「。。。だめだった」
「泣いてるの?」
「。。。。。」
「早く帰っておいで。」
「うん。。」
公衆電話のすぐそばに地下鉄の入り口があり、
すぐに電車に乗った。
Aトレインはあっという間に49丁目に着いた。
8月の終わりのマンハッタンはまだ暑い。
みんなタンクトップや短パン、ミニスカートで
都会を闊歩している。
なのに私の足取りは重かった。
次は医者を探さなくちゃいけない。
おろすのにもお金がかかる。
そんなお金どこにもないし、おろしたくもないのに。。
アパートのロビーで、
いつものようにドアマンがにこやかにドアを開ける。
「Are you OK, Miss?」
ドアマンが私の顔を見て心配気に言った。
私は無理に微笑んでうなずいた。
トボトボとロビーを歩いていると、
後ろからテリーの声がした。
「シノブ!」
ローラーブレードを履いて息を切らせて外から戻ってきた彼は、
バラの花束を持っていた。
「結婚しよう。」
涙があふれて、何も言えなかった。
今までの不安がどこかへ消え去った。

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