先週金曜日深夜、TVのニュースで「タクシーの事故で後部座席の乗客が死亡」「61歳会社員ーーー」と流れた。友人と同姓同名、年齢も一致。まさか?と思ったものの、「住所も違うしありえないありえない!」と打ち消そうとしてその日は床に就いた。しかし翌日友人の奥さんから電話があり、現実であると知らされた。最近は三年ほどの空白があり、そろそろ会って酒でも飲もうと考えていた矢先だった。
繰り返し思われるのは「何で彼が?」ということ。
他の人だったら?ということではない!
「何で彼が?」「何で彼が?」打ち消しても打ち消しても同じ問いが。
今日葬儀から火葬まで立ち会ってきたが、この問いが頭から離れない。
通夜から葬儀まで40年来の友人が集まり昔話に花を咲かせながらも、みんな何処か虚ろ。
言葉にして表に出さないと、自分自身の平衡感覚が取れそうもないので敢えて書いている。
親の世代の大往生とは意味の違いすぎる「死」
立ち直るまでかなりの時間がかかりそうだ。

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