堅ちゃんのスケジュールは、きゅーぴーはーと「堅ちゃんカレンダー」でチェックしてくださいね。

2019/1/29  22:27

母の満中陰も終わりました  母の闘病

先日1/27(日)に、母の満中陰(49日法要)も無事終わりました。
仏教では、49日かけて、極楽に行く準備をして、この世とのお別れを時間をかけて気持ちの整理をして、やっと仏様の仲間入りをするのだと。
今頃、あの世で、仏様になった父も一緒に、仲良く私達のことを見守っていてくれるのだと思います。
先日、スマホに入っていた、5年前の母が倒れる直前の母の日に、1年生になったばかりのけんちゃんが、おばあちゃんに買ってもらった新しい自転車で、5キロ以上離れた実家まで自転車で運転して、おばあちゃんに会って、帰りに見送ってもらってバイバイしてる母とけんちゃんの動画が出てきて、この日が最後に話した時だったなあと、元気な丸々とした母と、まだ幼くて声も可愛い6歳のけんちゃんを見てると、今6年になって、声も低く大人みたいに大きくなって、その間、ずっと何も話せず動けず寝たきりで頑張ってきたんだなと胸が痛くなりました。
ただ、孫4人の中で一番良くおばあちゃんに会いに行っていたのがけんちゃんだったので、約6年間、おばあちゃんの優しさを感じることも愛されることも一番知らないはずなのに、お通夜と告別式にずっとボロボロと無言で、一人で涙を流して、最初から最後まで泣いていて、先日、その自転車でおばあちゃんに会いに行った動画を見て、また、ボロボロと泣いていて、おばあちゃんは亡くなっても、いつも、けんちゃんの心の中で生き続けているよ。魂は永遠に無くならないよと言うと、またまた号泣してました。
私は、一番おばあちゃんを知らない末っ子のけんちゃんが、一番悲しんで、涙を流しているのを見て、ああ、この6年間は、ちゃんと、けんちゃんの心の中に、おばあちゃんという大切な思い出をしっかりと残してくれていたんだなあと、無駄ではなかったんだと、長生きしてくれた母に感謝し、涙が溢れてきました。
きっと、これからも、いつまでも子供達の心の中に、おばあちゃんの記憶が残って、元気な時のまま生き続けて行くんだろうなと思います。
人は体は亡くなってしまっても、魂は、無くなることはないんだなと思います。
父の時も、亡くなった後の方が身近に感じました。
母も、元気な時の面影のまま、私の中でも生きてくれています。
今日も、娘が高速で車の事故に遭いましたが、無傷で、車も大したこともなく、誰も怪我なく、奇跡だと思いました。
私も去年の今頃事故に遭いましたが、全くの無傷でした。
母が守ってくれていたのだと手を合わせました。
朝から、おとうちゃん、おかあちゃん、皆んなを見守っててな。と拝んでいたところでした。
本当に、いつも、側で守っていてくれるんだと、心から感謝しました。
生きている限り、元気で幸せだと思って感謝を忘れずに生きて行くことが、父や母にとっても、安心なことですよね。
子供のことでも色々悩むこともあるけど、天国でいつも皆んなを見守ってくれていることに感謝して、子供達を信じて、私も楽しく幸せに生きて行きたいと思います。

大切な人との別れは悲しくいつまでも癒えないかもしれないけど、常に一緒にいてくれると思うだけで、幸せに感じられると思います。

前を向いて、笑顔で頑張って行こうと思います。
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2018/12/26  19:42

母への想い  母の闘病

この、ブログのカテゴリに、「母の闘病」という項目があるので、心配して下さっている人がいるかと思うので、報告させて頂きます。
実は、12/19に、母の容体が急変し、病院で息を引き取りました。
12月の頭に、誤嚥性肺炎で高熱で入院し、その後点滴のみで絶食で治療していて、その治療は終わって退院の日も決まっていたのですが、19日の午後病院から亡くなったと電話がかかってきました。
5年7か月、ずっと頑張って介護もしてきましたが、最後に会えなかったことが残念で。

でも、5年7か月もの間、寝た切りでほとんど意識もなく、私の顔も分からず、話すこともできず、最近入院の際に脳のCTを撮ると進行性アルツハイマーの末期も併発していたようで。
やっぱり私のことも分からなかったのかと。
ご飯だけは自力で流動食でも食べられていたので、何とか今まで頑張って生きて来ました。
ずっと、母の辛そうな顔を見る度に、可愛そうで、何とかしてあげたくても何もしてやれないし、寿命を全うするしかないのかと、励ましながら必死で生きてきました。
母の我慢強さと頑張りには、頭が下がります。
心から尊敬しています。
やっと楽になって、安らかに眠りにつけたと喜んでいると思います。
よく頑張ったなあ。と辛かったなぁ。お疲れ様。と声をかけてあげました。
母の気持ちや思いを聞くこともなく、別れてしまいましたが、多分思いは通じていたと信じています。

お通夜、送別式と12/21に終え、12/23には二七日の法要も終え、次は12/30まで何もなく、ライブも諦めていたのですが、旦那も子供たちも、去年も行けなかったし、楽しみにしてたから行っておいでと言ってくれて、不謹慎なのは承知で堅ちゃんに会いに行かせてもらいました。

でも、母の思いも感じたので、喜んでくれているように思います。
私の生き甲斐でもある堅ちゃんに、イブに会わせてくれて、心から感謝しています。

今頃、楽になって父と会ってゆっくりと極楽浄土への道を歩いていると思います。

母がくれた5年7か月は、無意味ではなく、たくさんの修行をさせてくれた貴重な時間だったと有り難く思います。
色々な葛藤と戦った数年、一度も母の笑顔を見ることもなく、声を聞くこともなく、名前も呼んでもらえなかったのが残念だけど、元気な時よりも会いに行って、母の顔を見るのが安らぎになっていたので、生きていてくれたことに感謝しています。
荼毘に付す前に、母の目が笑っていたことが救いです。
本当にお疲れ様でした。

ライブで盛り上がっている中、こんな話をしてもと黙っていたことをお許しください。
たくさんの方に励ましのお言葉をかけていただいて、長生きできたのだと信じています。
ありがとうございました。
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2017/12/2  14:05

母のことで  母の闘病

施設に入所している母が、脳血栓で倒れてから半身不随でもう4年半寝たきりになっているんですが、意識もあまりないままで、食べることだけは食べられるので、何とか体重も20キロくらい痩せたけど、頑張って生きています。
私も4年半ずっと通い続けています。
ずっと寝たきりで動けないだけでも相当辛いと思うのですが、10日くらい前に麻痺している方の大腿骨を骨折していて、病院に連れて行ったりして手術するかどうか検討してたんですが、その間家族が全員胃腸風邪にやられて、私も熱も出たりしてる間も付き添いで行ったりしていて、一昨日入院して昨日手術をしてもらいました。
かなりリスクを心配したんですが、無事に成功して、今は点滴と輸血もして様子をみています。
骨ももろくなってきているので仕方ないでしょうが、ここまできてこんな痛い目に遭わないといけないなんて、可愛そうで。
手術に耐えられたのもすごい強いなと感心しました。
かなり悩みましたが、手術してよかったです。麻痺していても骨折だけは相当痛いようでかなり痛がっていたので。
あとは固まるのを待つだけです。
今日も機嫌よさそうな顔をしていてほっとしました。
色々重なるものですが、何とかいい方向に行ってくれるといいです。
しゃべることもできないので、痛いとも言えずに我慢するのみで。
人間としての尊厳みたいなものも考えたり。
健康で生きられるのが一番いいのですが、辛い思いをしてでも生きていかないといけないのもしんどいし、可愛そうで仕方ないです。
でも、命だけは神様のみが知るのでどうすることもできないのですが、与えられた命、生きているだけでも幸せだと思えないかもしれないけど、そう思えたら母は幸せです。
4年の間に何度ももうだめだという時があって、3回くらいその危機を生き延びてきました。
その生命力の強さに毎回感心しています。
30キロくらいしかないのに、よく頑張るなあと。
骨と皮だけになっても、頑張って生きている母を見ていて、どこからこんな強さが出てくるのだろうと思います。
堅ちゃんの「ノンフィクション」の時の話でも、ただ生きているだけでも、そこにいるだけでもいいと言ってくれていましたが、その時も、正に母のことを思っていました。
何もできなくなって寝ていることしかできないけど、それでも幸せなのかな?と。
娘としては毎日葛藤の日々でしたが、誰を責めることもできないし、これは運命と、命ある限り受け止めるしかないなと。
ほんとに、微塵にも悪いことなど一つもしてないし、人一倍働き者で、人の為にだけ生きてきたような人なのに、なぜここまで苦しめられるのかと嘆きましたが、これだけは受け入れるしか仕方ないですもんね。
母にはかわいそうだけど、生きられる間は穏やかに過ごしてもらえたらなと思います。
早くよくなって痛みもなくなってくれたらと願います。

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2013/12/2  10:25

入院して半年  母の闘病

堅ちゃんの活動も活発になってきている時に、水をさすような話題でごめんなさい。
ちょうど半年前の武道館に行って帰って来た次の日、5/31に母が脳出血で倒れて、何とか命をとりとめて、助かったものの、半年間のリハビリ生活も母には過酷だったと思います。
全く意識がなかった半年前と比べると、だいぶ元気にはなったんですが、まだ、意識がはっきりと戻ったわけではなく、私の顔を見ても、依然、あまり反応もない状態です。
言葉も全く出ず失語症になっていますが、でも、話していることはわかるようで、先生の指示通りにするし、一人で20分くらい背もたれなしで座ったり、ちょっと立ったりもできます。
でも、1ヶ月前まで、食事が進まず、ずっと鼻から管を通して流動食を注入していたんですが、そろそろ、リハビリの期限が1ヶ月に迫り、胃瘻反対派の先生なので、急遽鼻注を外し、口から食べることを頑張りましょうということで、ほぼ嫌々食べさせられるような状況で、まだ、損傷した場所が脳幹や左視床なので、食欲の意識が戻らず、食べたいと思わないようで、1ヶ月は毎日泣いてばかりの日々でした。
きっと、意識レベルも上がってきて、今、自分の状況がわかってきて、どうしようもできない思いに、辛くて悲しくて、腹立たしくて、泣くことしかできないんでしょうね。
でも、私にはどうしてやることもできず、できることなら代わってやりたいけど、それもできなくて、毎日リハビリも嫌がって行こうとしなくて、泣いたり暴れたり、辛い思いをする母を見てることしかできなくて、どうしようもない思いで、毎日母の泣き顔が頭から離れなくて、夢には立って歩いている母が出てきたり、やり場のない思いをしていました。
先週の木曜から、リハビリ期間が終わり、一般病棟に変わりました。
狭い部屋で、リハビリは週に1回。
ほとんど寝たきりの生活に戻ります。
老健に移るには、しっかり食べられることが条件なので、もう少し病院で食べるリハビリをするようです。
環境も変わって、また母は不安で泣いてばかりいますが、今まで頑張ってリハビリをしてきて、少しは元気になって来たし、食べることもしんどいけど、もう少し乗り切って、施設に行って、心穏やかに過ごせる日が来たらいいなと思っています。
大病をしただけでも大変なことなのに、ずっと辛い思いをして、我慢ばっかりして、今までも、母はずっと我慢ばかりして皆のために働き詰めで、今になったら、趣味もなく、働くことだけしかしてなかった母が気の毒で、神様は、どうしてこんなに、何も悪いこと一つしていない真面目な母に過酷な人生を与えるのだろう?と、怒りさえ感じます。
あの世で、父が助けてくれて、まだ来るのが早いと追い返してくれたのなら、どうか、もう少し安らかに、穏やかに暮らせるようにしてあげてほしいもんです。
辛いことも言いたくても言えないし、泣くしかできないのでしょうけど、何とか思いを伝えられるようにでもなったらいいのに。
私もずっと毎日リハビリに付き添い、一生懸命応援してきましたが、今日からリハビリがなくなるので、代わりにマッサージでもしてオルゴールを聴かせてあげて、心穏やかにご飯もいっぱい食べられるようになるように、励ましていくしかないですよね。
家族が諦めたら終わりですもんね。
国の医療は酷なことに、5ヶ月というリミットを設けています。
母のような病気は、1年2年の長い時間がかかります。
国の制度なので仕方ないですが、やりきれない思いです。
これからよくなる可能性がいっぱいあるのに。
こんな思いをしている人はたくさんいるんでしょうね。
それでも、少ないリハビリで、快方に向かっている人もたくさんいるので、諦めないで見守っていきますね。
助けられた命には、きっと、何か意味があるに違いないと信じて、奇跡でも起こって、みるみる食べたり話せたり、起きたりできるようになるといいのにな。

皆さんには大変ご心配をおかけして、励まして頂いて、大分救われました。
きっと、ここまでアクシデントも一つもなく、意識も回復してきただけでも、奇跡なんだと思います。
ぼやいてしまって、嫌な気分になったことと思いますが、どうか、感謝の気持ちだけは忘れてませんし、今も、有難く思っています。
いつも助けてもらってありがとうございます。
一人では乗り切れないことも、堅ちゃんや皆さんのお陰で、辛い思いも忘れ、元気でいられます。
本当にありがとうございます。
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2013/8/27  14:33

リハビリで堅ちゃんが流れた♪  母の闘病

今日の母の理学療養のリハビリのBGMで、部屋も広い音量も小さいので、微妙に聴こえてくる歌声に、すぐに反応しました。

「New York State Of Mind」を歌う堅ちゃんの声です。
あの高音は間違う訳がないです。
他にも「LOVE 〜Destiny〜」や「DESPERADO」など。
「Ken's BarU」を流してくれていたんですね。
いや〜、堅ちゃんファンの人が流してくれたんやろか。
ランダムみたいだから、HDDに入ってるのがたまたま流れたみたいだけど、私が堅ちゃんファンと知ってるリハビリの先生が気を利かして入れてくれたんやろか?とか、別に、私のためじゃないけど、すごくいい気分で、1時間、私にはすごく癒しのリハビリタイムでした。
母には興味ないようなので、耳には入ってないかもしれないけど。

お買いものしてても、堅ちゃんの歌が流れてくてくると、ずっと聴いていたくなりますよね。
今日は、途中で終わったので、しぶしぶ帰りましたが。
せめて「わかれうた」まで聴いてたかったな。

ちなみに、今日は母はすごく気分も良くて、絶好調でした。
最近、昼間はずっと目を開いていて、リハビリも指示通りにできるし、一人で背もたれなしで座る時間も2分以上になってきて、輪投げもしてます。
手をギュッとして!って言うと、私の手を握ってくれました。
もう、3ヶ月になりますが、まだ、意識の回復はなかなかです。
覚醒はしていても、その次の段階がなかなかで。
でも、確実に、3ヶ月前と比べるとかなりしっかりとしてきています。
損傷がかなり大きかったようなので、これでも良くなったと思います。
次は、食べるということにチャレンジなんですが、意識が戻らないので、なかなか難しいようで。
でも、希望を捨てずに、頑張っていきますね。
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2013/7/9  9:31

今日からリハビリ病棟に  母の闘病

沖縄Barの余韻に浸っている中すみません。

母の意識は、まだはっきりと戻ってはいないんですが、目を開いている時にはだいぶわかっているようで、返事もするように声を出すし、先日は輪投げもまねをしてしたようで。
リハビリ室のベッドのまま立てる器械で立って、脳に刺激を与えるようにと、毎日立たせてもらってます。
午前中はなぜか寝てばかりで起きないのですが、夕方にはぱっちり目も開いて、いつもはっきりして、手も足も目もよく動かしています。

先日、リハビリの先生から、リハビリ病棟に移れるリミットが2ヶ月なので、7月末までには何とか移れるように頑張って刺激を与えていきましょう。とのことで、大丈夫かちょっと不安だったんですが、ちょうどその日の夕方に、リハビリ病棟に移りましょうと言われました。

ちょっと早すぎる展開にびっくりでしたが、なるべく、起きてリハビリをして刺激を与えた方が、意識の回復にもいいということで、熱心に指導して下さるリハビリの先生が、主治医の先生に言ってくれたようです。

有難いことです。

母には大変かもしれませんが、早く回復するように、一緒に頑張って行きたいと思います。
とにかく、日進月歩、ゆっくり焦らず少しずつよくなることを祈って。

まだ、顔を見ても、誰かわかってないようなので、顔を見て、わかってくれるようになってくれると嬉しいな。

今日の午後に病棟を変わります。

心配して下さっている方々には、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。
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2013/6/27  14:02

だいぶわかってきたような?  母の闘病

今日で、母が入院して28日目になりますが、この5日ほどの間に、だいぶ目を開いている時間も長くなってきて、右目はぼ〜っと見えてるような気もします。
しゃべる声の方を向くし、一昨日には、リハビリの先生がおっしゃるには、、動く方の手でグー・チョキ・パーをしたらしくて。
日曜日にも、母の弟が来てくれて、話しかけたら、首をぐるっと動かして目を大きく開けて顔を見たようで、きっと、わかってるんだわ!と思いました。

私の顔を見ても、まだ、誰かわかってないようですが、手も足もよく動かすし、はっきりとは意識は戻ってなくても、少しずつ戻ってきてる感じがします。

今は鼻から流動食をとってますが、4日前からとろみのお茶やコーヒーなどを口から飲みこむ練習をしています。一口くらいはごっくんできるようです。

こういう状態で、もう、急性期は越えたので、病棟を今日の3時から変わるようです。
まだ、回復期のリハビリ病棟へは道が遠そうなので、徐々に回復して行けたらと期待しています。

頂いたお守りや、脳にいいというオルゴールも聴かせてあげたり、たくさんの方の祈りや思いがきっと届いて、少しずついい方向に向いてくれているように思います。

親戚の人も、近所の方々も、何度も心配してくれて電話をくれたり、祈ってくれたり、母のことを何も知らないのに、私の母ということで一生懸命応援してくれたり、母は、こんなに皆さんに心配してもらって、幸せ者だなあと思います。

元気になってまたお礼を言わないといけないですよね。

道のりは長いですが、前向きに励ましていきたいと思います。
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2013/6/19  18:04

温かい励まし、ありがとう!  母の闘病

毎日、母や私のために、温かい励ましのコメントやメールを頂いて、本当に有難いなあと、心から感謝しています。
今日こそは、皆さんにお礼のコメントを書こうと思いながら、日々が過ぎて行ってしまいます。
ごめんなさいね。
昨日はちょっと弱音を吐いたような記事を書いてしまったので、余計に心配をおかけしました。
すみません。
突然、母が倒れて、動揺している私に、ブログに書くことで、同じように大変な経験をされている方や、もっと重症な方がたくさんいて、それでも皆さん諦めずに頑張っていらっしゃったり、介護をされているお話を聞いて、そして、元気になられたという話も聞いて、今、私にできることは何かを教えて下さって、ただ、悲観して落ち込んでいるだけだったかもしれない私に、希望と勇気を与えてくれました。

この20日ほどの間、自分なりに前向きに、一日でも早く意識が回復することを祈ってやってこられたのも皆さんのおかげです。

今日は、主治医の先生とお話ができましたが、血液に異常もなく、新たな出血もないので、少しでも目を開いたりしている時間が長くなって意識が戻ってくれたらいいけど、もしかしたら、長期戦になるかもしれないとのことでした。
最悪の場合、起き上れないかもしれないそうです。

気持ちを切り替えて、焦らず、毎日声をかけて、マッサージなど刺激を与えて、いつかきっと意識が戻ることを信じて、のんびり、気長に待とうと思います。

私たち家族よりも、母自身が一番辛くて頑張ってるんですもんね。

母が倒れて、今まで当たり前のように思っていた母親の存在が、どんなに有難かったかと感謝と、何もしてやれなかった反省の気持ちを改めて感じ、今までできなかった親孝行を、時間をかけて精一杯のことをしていこうと思いました。

近くにいれて、今家に居られて傍にいてやることしかできないけど、それもできてよかったです。

これから長丁場なので、根を詰めないように、堅ちゃんの歌を聴いたり、こうしてブログを書いたり、息抜きもしつつ、気長にやっていきますね。

堅ちゃんの活動時期なのに、母の記事ばかりで申し訳ないですが、この場所があるから、病気のことも、全く無知な私にも、色んな知恵を与えてもらったり、元気になったお話を聞いたり、私自身を気遣ってもらって有難かったり、そんな貴重な場所です。

また、鬱陶しいですが、お付き合い下さいね。

落ち着いてきたら、また、コメントのお返事も書いて行きたいと思います。

堅ちゃんのリリースとか、ツアーとか、また忙しくできると嬉しいのですが。
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2013/6/18  9:46

目が開くのだけど  母の闘病

母の意識がなくなって18日目。
毎日声をかけて、さすってやって、手を握って、でも、まだ意識が戻りません。
脳出血を起こしたところが左なので、右半身が麻痺したままですが、顔から上はそのままだそうで、前から、右目だけはっきり開けてくれます。
最近、両目を開いていることも多くなって、右の瞳が動いていて、まばたきもよくします。
左の瞳は動きません。

昨日は、行ったときに、ぱっちり両目を開けていたので、まるで見えているようで、起きたの?と、「おばあちゃん!わかる?」と一生懸命声をかけましたが、やっぱり反応はないんですが、目が合ってる感じがして、見えてるみたいに思います。
こういう感覚はあまりないんです。
目を開けていても焦点が定まらないので、ぼ〜っとした感じですが、見てくれているような気がして、涙が出そうになりました。

看護師さんが瞳孔チェックをしてくれても反応がなかったので、やっぱり見えてないようです。

でも、ぼんやりわかってるかもしれないですよね。

目を閉じたままの時は、何を話しても精がないんですが、目を開けている時には、嬉しくて、いろいろ話をしてしまいます。

まるで、まだ、ぼんやりとしか見えない生まれたての赤ちゃんが、条件反射で、天使の微笑みを見せて、お母さんのことが分かってると嬉しくなる時の感覚。
懐かしい。

いつか、笑顔も見せてほしいけど、今は、赤ちゃんのように少しずつでもいいから、意識が戻って見えてくれたら。

毎日、足を床につけて座らせてもらっています。
脳に刺激が行くらしいです。
首もうなだれたままだけど、しっかり足を支えています。
座ると目を開くことも多いです。

出血したところが、大切な機能の集まるところなので、破損した脳は戻らなくても、他の脳が機能を補ってくれる可能性を信じて、諦めずに刺激を与え続けて目覚めてリハビリもできる日が来るのを待つしかないですよね。

すぐに目覚める人もいれば1ヶ月、2ヶ月、半年、1年、それ以上、損傷によって人それぞれなので、母がいつ目を覚ましてくれるのかわかりませんが、一日も早く意識が戻ってくれることを祈るだけです。

諦めてはいけないです。
きっと、家族やみんなの思いが通じると信じています。

2週間を過ぎた今、不安もよぎりますが、よけいなこと考えないで、一生懸命頑張るしかないですよね。
39

2013/6/12  23:05

強く手を握ろう  母の闘病

朝、たまたま、ラジオで堅ちゃんの「思いがかさなるその前に」が流れていて、いつもは気にしないのに、今日は特に心に響いた言葉が「思いがかさなるその前に、強く手を握ろう」
「ねぇ こんな僕はキミのために何ができるのかな
言葉にならない思いだけ強く手を握ろう
強く手を握ろう」

今まで、子供の手を握ることはあっても、親の手を握ることなんて、何十年となかった。
母が意識不明になってから、ずっと、側にいる間は手を握り、摩り、思いが届くようにと、握っています。

手には、言葉では、伝わらない思いが伝わる気がして、私は、ここにいるよ。待っているよ。安心してね。
目を覚ましたら、やっぱり○○やったか。と、しゃべってくれると信じて。

堅ちゃんの歌を聴いて、今日も、一生懸命、心を込めて母の手を握っていました。
時折、ぎゅっと握り返してくれます。

夕方、ちびちゃんを連れて、毎日声をかけてもらうんですが、今日は昼間は寝てばかりだったのに、両目を開けて、リハビリの方に起こしてもらっていて、今にもしゃべりそうです。

慌てて、ちびちゃんに、おばあちゃんと声をかけて手を握ってもらったら、はっきりと、ちびちゃんの方に顔を向けて見ました。
焦点は合ってないし声も出ないけど、しっかり見えて聞こえているようでした。

すぐに眠ってしまったので、また、明日来るねと手を握ると、全く動かなかった麻痺した右手を動かしたんです!
びくともしなかったのに。

少しずつでも、反応がよくなっていて、意識が戻るのもあと少しかなと思います。

また、ハンドパワーで、手を強く握って、深い意識に呼びかけて、起きてくれると信じて頑張りますね。

★追記
ちなみに、私の聴いたラジオは、PCでもスマホでも聴けるインターネットサイマルラジオで、Listen Radio(リスラジ)で、アーティスト特集(平井堅)という番組で、今日は20:00〜21:00、明日(金)は13:00〜14:00に聴けますよ。
「音楽を再生」のところをクリックすると聴けます。
ヒット曲を13曲くらい流してくれますよ。

http://listenradio.jp/index.html
29

2013/6/10  12:54

今日で10日目  母の闘病

母のことですが、今日で倒れてから10日目になります。
昨日は次女もたまたま帰ってきて、お見舞いに連れて行って、声をかけましたが、眠ったままで残念でしたが、午後から半身浴で手をお湯につけてもらうのに、車いすに座ったままナースステーションで、私も一緒に手を洗ったりしてあげて、ベッドに横になった時、初めて両目をパチッと開けてくれました。
見えてるようで、思わず、何度も「おばあちゃん!!見える?」と声をかけましたが、反応はあまりなく、また目を閉じましたが、それでも、返事ができないだけで、一生懸命目を開いてしゃべろうとしてるのかな?ときっとわかってるんだろうなと思いました。

今朝も、両目を開けていました。

なかなか、はっきりと意識は戻りませんが、少しずつ目も開けてくれて、手も動かしてるし、意識がはっきりするのももうすぐかな?と期待を持っています。

一生懸命マッサージして、声かけして、1日も早く意識が戻る日を待ちますね。

それから、今日から、鼻から栄養を入れてもらっています。
胃や腸も動かさないといけないようです。
ちょっとでも元気が出るといいな。

皆さんのコメント等での励ましもいつも有難く、参考にさせていただいています。
おかげで、元気をもらったり希望を持てて、嬉しく思います。
ありがとうございます。


22

2013/6/7  13:03

少しずつ回復  母の闘病

母のことでは、たくさんの方の励ましや、ちょっと良くなってよかったねというコメントやメールなどを頂いて、本当にありがとうございます。

まだ、目は覚ましませんが、昨日の午後から、一般病室に移って、今までは1日2回30分だけの面会で、子供は入れなかったけど、もう、いつでも行けるし、ちびちゃんも連れて行けるし、どんどん声をかけて、マッサージして、刺激を与えて目を覚ましてくれるように頑張りますね。

朝からも行ってきましたが、今朝のCTの結果では出血もなく、まだ血腫の大きさは変わらないけど、序々に吸収されているようで、小さくなっていくと、意識も戻るそうです。

いつかは、必ず意識が戻ると信じています。
今朝も目を開いていたようです。
私が行ったときは、いびきかいて寝てましたが。

昨日はずっと座らせてもらっていて、思わず一人起き上って居眠りしてるのかとびっくりしました。
座るのも刺激にいいそうです。

リハビリも大事だし、本も買ってきたし勉強して、少しでも早く回復するように頑張りますね。

出血したところが、脳幹・視床なので、手術もできず、大事な神経がたくさん集まるところなので、マヒも多いと思いますが、きっと回復してくれると信じています。

日にち薬で、ゆっくりよくなりますよね。

きっと、母もたくさんの思いが届いて、頑張ってくれると思います。
39

2013/6/5  20:11

少しだけ希望が  母の闘病

母が倒れてから5日、未だに意識は戻りませんが、皆さんの温かい励ましと、見ず知らずの母のために、たくさんの方に祈って頂いたお陰で、命の危険は脱したみたいです。

新たな出血もなく、腫れはまだ変わらないようですが、少しずつ小さくなっていくと、意識も戻るそうです。

まだICUなので、子供は面会できないので、ボイスメモにちびけんちゃんのメッセージを入れて、母の耳元で聴かせてみました。
「おばあちゃん、けん◯だよ!早く目を覚ましてね!
いっぱいお話しようね!」
長女も行って、声をかけると、お昼には全く反応がなかったのに、さっきは、瞬きを必死でして目を開こうとしてるようで、ちびちゃんのメッセージの声の方を見ようとしてました。

片方の目を開けて、見えてるかどうかは分からないけど、ずっと、私たちの方を片目を開けて見ているようでした。
ずっと目を開けていたのを見たのは初めてです。
嬉しかったヽ(;▽;)ノ
娘の指も、しっかり握っていたし、私の手もぎゅっと握ってました。

意識はまだないようですが、私には、しっかり分かっていて、一生懸命、見ようとしているように思いました。

むくみもひいて、寝息も静かで、そんなに苦しくないみたいだし、少しずつよくなってるように思いました。
熱があって、体温を調節できないので、肺炎を心配して、冷やしてくれていましたが、熱も下がったようで、血圧も安定してます。

あとは、ゆっくり、意識が戻るのを待つだけです。

諦めないで信じてよかったです!

皆さんの思いや、祈りのお陰だと心から感謝しています。

まだ、回復したわけじゃないけど、命だけは救われて、奇跡だと思います。

必ず元気な母に戻ると信じて、これから、一生懸命看病とリハビリをしていきますね。

ご心配して頂いている皆さんに、ひとまず、ご報告とお礼をと思いました。

皆さんの思いも、しっかり母に伝えています。
知らない人もたくさん応援してくれているよと。

また、母に、堅ちゃんの「一人じゃない」を聴かせてあげますね。
本当に、ありがとうございました。

35

2013/6/4  9:22

皆さんありがとうございます。  母の闘病

昨日から、たくさんの励ましのコメントを頂き、ほんとにありがとうございます。
もう、嬉しくて有難くて、何回泣いたかわかりません。

私の知らないところで、皆さんも色んな体験や苦労をされているんですね。
同じような境遇の方や身内を持たれた方の励ましの言葉は、特に見に沁みて有難かったです。

奇跡は信じれば起こるものなんですね。

悲観的にしか考えられなかった自分が恥ずかしくて、これでは、母が可哀そうだと思いました。

今は目をつぶったままでも、必死で頑張ってるんでしょうね。
いっぱい声をかけて励まして、目覚めて、起き上って、話もできて、歩くようになることを信じて、とにかく、今は生きていてくれることを祈りたいと思います。

誰のせいにもできません。
それを恨むことなく、今は、働きすぎた母を休ませてくれたと思って、しばらくゆっくり寝させてあげようと思います。

父が亡くなってから、ずっと2年間、一人で、お米や野菜づくりをしてきました。
この5月の田植えから無理しどうしで、休むこともなく仕事ばかりして、無理しやんときと言っても私がしやな!と無理ばかり。
誰も止められなかったので、きっと、神様が休みなさいと言ってくれたのかもしれないです。

きっと、またいつもの笑顔を見せてくれることを信じて待っています。

母って、つくづく、ほんとにいてくれるだけでいいんですよね。

この世からいなくなるなんて、想像もできない。

ただ、生きていてくれるだけで、安心するんですよ。

肉親がいなくなるのは、ほんとに辛いです。
心のよりどころなんでしょうね。

私は、ブログを見る暇がないからとか、ブログを更新する気にもならないとか、そういうことは全くないんです。

かえって、ブログで気も紛れるし、皆さんのコメントのお陰で、前向きになることもできたし、私の人生の生きがいと、皆さんも恩人です。

堅ちゃんを通して、こんな場を持てたことに感謝しています。

ただ、コメントにお返事をするのが、とても時間と集中力がいるので、どうしても、それが常にできなくなってしまうことで、申し訳ないなと思って、こんな個人的なことを書いてしまって・・・

どうか、しばらくの間、見守ってくださるよう、よろしくお願いします。

時間のある間は、情報も今まで通りUPしますので、何かわかったらメールなりコメント下さいね。

きっと、チェックしきれないと思うので助けてください。

堅ちゃんYEARを皆さんで盛り上げましょう!

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