人間は本来、“持ちつ持たれつ”感謝の中で生きてゆくべきなのに、今の世の中には物質は足りていても愛が足りていないから、大人も子供も“憎み憎まれる”そんな苦しみの中で、もがきながら生きている感じがします…。
科学の進歩は人間の肉体についてはあらゆる面から詳しい説明をしてくれても、人間の魂については如何なる面からも何の説明もしてはくれません。科学が生んだ物質至上主義は、お金と物に溢れた見せかけの幸せを僕たちにくれましたが、やがてそれは破綻し、いま緩やかにその役目を終えつつあります…。
物質至上主義にまみれた心には、魂からのメッセージは届きません。魂からのメッセージとは、「なくすこと、手放すことこそが喜びであり幸せなのだ」という考え方。それは、たとえ何かをなくしたとしても心穏やかでいられることこそが、幸せの本質であるという考え方です。言いかえれば、【幸せの質】を問う考え方なのです。
なくすことを恐れる物質至上主義は、目に見えるもののみで【幸せの量】を推し量る考え方ですから、それに賛成できるはずもないのです。今の若い人々などは、大部分がこういった考え方にとらわれ縛りつけられて「あれが欲しい!これが欲しい!」という終わることのない欲望の無限地獄の中で喘いでいます。
こういった方々には、たとえ僕などが自分自身の血の滲むような実体験から“転ばぬ先の杖”となるメッセージをお伝えしたところで、受けとめる土壌そのものがまだ育っていませんから、受け止めることもできず、ただ反発するばかりです。たとえ転ばぬ先の杖をお渡ししたとしても…その杖を握るのは、他ならぬその方自身だからです。ですから、最後に自分を救ってくれるのは、けっきょく自分しかいません。どんなに心を込めたメッセージでも、受け手の側の心がしっかりしていなければ、あやふやに受け取られたり場合によっては逆に「わかったフリしやがって!」と更なる憎しみを生むことにもなりかねないのです。
僕は先日ある方のブログで、その方の心に深く巣くうコンプレックス…そしてそこから立ち上がり楽な気持ちになるきっかけとなるアイデアを、長文のコメントで書き込みさせていただきました。しかし、その方から僕には直接何の答えも返っては来ず…あとで更新されたその方のブログの記事には「意味不明な批判はいらない」「あんなものは出会い系広告の誘いみたいなもんだ!出会い系広告なら間に合っている!(笑)」と、そう書かれていました。

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