今日は昼間に銀行へ行った。少し前まで会社のメインバンクが都民銀行だったから、その名残でカードや保険の引き落としはそこの講座を使っているんだけど、会社がつぶれた今となっては近所に支店がないのでバイクで15分ほど走ったところまで行かないといけない。面倒くさい限りだ。
僕は残高が残り少なくなったので、ほかの講座からお金を移し変えようと午後2時くらいだったかな。隣街の都民銀行へ行った。
そこでちょっと余裕を持って50万ほど口座に預け入れ、これでしばらくは面倒くさいこの作業もせずに済むな、帰りにラーメンでも食って帰ろうと銀行を後にし、40メートルほど歩いたところだったか、急に後ろから声をかけられた。
「ちょっと待ってって!」
僕は一瞬身構えた。カツアゲか?オヤジ狩りか?だが僕はこう見えても高校生の頃に極真カラテを一度は見学に行った事がある男だ。そこらのモヤシ野郎には負ける気がしない。狩れるモンなら狩ってみろや、ゴルァ!僕はいつもの優しい僕ではない鬼神の如き表情で、ガンつけの基本は左目から相手の左目へ一直線に。高校の頃に実践!カラテ殺法という本で習得したセオリー通りに振り向きざまにきつくにらみをきかせた。
「きゃっ!・・ご、ごめんなさい・・・」
振り向くとそこにはまだ少しあどけなさが残る、茶色いダッフルのオーバーコートを着た黒髪のショートヘアが印象的な女の子が驚いた表情で立っていた。走って追いかけてきたのか、そのぷっくりとして柔らかそうな唇の間を縫って勢いよく吐き出される白い息が無造作だがシャギーされ整えらた毛先を軽く揺らしている。
「あ・・ご・・ごめん・・お、驚かすつもりは無かったんだけど・・」
僕は彼女のあまりのかわいさに動揺してしまった。
「ハァッ、ハアッ、・・これ・・忘れてたから・・・」
差し出された彼女の白く華奢な右手の中には僕のキャッシュカードがあった。
「あ・・ありがとう・・わざわざ走って追いかけてきてくれて・・」
「ううん・・忘れたら困るだろうなって思って・・」
「・・・ありがとう・・」
「・・じゃあ、私はこれで・・」
「・・・・・ちょっと待って!」
振り返って去ろうとする彼女を僕は思わず呼び止めてしまった。
自分でもなぜそんな事をしてしまったのかわからない。こんな事どこにでもある光景だし。でもなんだかそうしなくちゃいけない気がして。もう一人の僕が先の事も考えずにふいに僕の背中を突き押してしまったんだ。このまま別れてしまえばもう二度と会う事はないかもしれないぜ?たとえ街中で出会ったとしてももう彼女はお前の事なんか忘れてしまっててただすれ違うだけの関係になってしまうだろ?と。
一目ぼれってこんな事を言うのかな。
彼女はちょっぴり怪訝な表情を浮かべてまたこっちを振り向いた。
「あの、まだ何か・・・?」
「あ・・あの・・・」
「・・?」
「あの・・あの・・、い、一割貰ってくださいっ!」
「・・は?」
「お、落し物は一割ですからっ・・!」
もう無茶苦茶だ・・。
自分でも支離滅裂な事は充分わかっていた。もっと若い頃から遊んでいればちょっとはマシな誘い文句も言えたかもしれないが、先にも言ったように僕は高校生の頃からカラテに没頭していたからこういうのはからっきしダメな男なんだ。ちくしょう、もう一人の僕め! 僕に恥をかかせやがって・・。
彼女は狐につままれたような顔を一瞬して、その後すぐに笑い出した。
「・・くすっ、いいですよー、そんなの。だってただ渡しただけじゃないですかぁ」
「あ、いや・・あの・・その・・じゃ、じゃあコーヒーでも!寒いし!丁度僕もこれからご飯食べようと思ってたから!よかったらご飯おごります!食べてください!!」
食べるというよりむしろ心臓をゲロってしまいそうなくらい僕の体の中でヨシキがツーバスを踏みつけている。
彼女はちょっと首をかしげ、緑のチェック柄のマフラーにちょこんと顔を沈めてうーん、としばらく考えてから
「じゃあ、奢ってもらおうかな、私もご飯まだだったんですよー」
にっこり笑って微笑む彼女。なんかしぐさもかわいいな。
僕達は銀行の隣の本屋の二階にあるサイゼリヤに行って、彼女はカルボナーラとガーリックトーストとオレンジジュース。僕はピザとポテト、そして緊張のあまりグラスワインを5杯も飲んでしまった。そんな僕を彼女は笑って見ていた。話したところ彼女は今19歳で一年浪人してここら辺にある大学に進学が決まったらしい。出身は静岡。実家は御殿場らしい。今日はもう入居予定の部屋のカーテンとかちょっとしたした買い物とその部屋の掃除に来たと言っていた。今月後半には引っ越してくるらしい。
すっかり打ち解けあった僕達は電話番号とメールアドレスを交換して、また会う約束をした。
そして引越しの手伝いの約束も(笑)
早く彼女が引っ越してこないかな。
なんて事があったらいいなーと思いながら残金230円の通帳を見ていたら涙が止まりません。

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