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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com

IN / OUT

2011/5/18 | 投稿者: komori

日記です。
前々回の投稿の続き、の日々の事。

5/12(木)
渋谷O-nestへ、DODDODO「ど」レコ発イベントへ行く。1番手、大阪のチッツ、ずっと評判は聞いていたが観るのは初めて。THE VOTTONES(福岡)がニューウィヴ化したかのような、
スカスカだけど、熱いロックンロール魂を感じさせるバンド。凄く良かった。

DODDODOはもう僕のアイドル、というか、母親のような存在。彼女のうたの包容力、やさしさ、佇まいの神々しさ、わけも分らず涙が溢れてしまう。きっと母親が生まれたばかりの赤ん坊をあやすかのような、無償の愛情を、彼女はその目に映る世界に対して抱いているのだろう。1曲目「夕日」から泣き崩れながら観賞。素晴らしい。

この日はあと、TRASH-UP!の屑山編集長と、やっと現実世界でお逢い出来たのが嬉しかった。
理知的な佇まいの方だった。奥さんもカッコイイ。

5/13(金)
仕事後、高円寺書林へ。ここで約1ヶ月以上に渡って開催されていたチャリティーイベント「みんなのアコースティック・ワンマンライヴ」の最終日。(僕も先月出演させて頂きました)最後を飾るのは、主催者でもある穂高亜希子さんのソロワンマン。

穂高さん、途中カバーを沢山やっていた。フィッシュマンズ、RC、ブランキー…果てはミスチルの「星になれたら」まで!これがまた絶品であった。

前も尾崎豊の「ダンスホール」やってた時、意外だなあ〜と思いつつ、凄く良かったなんだけど、穂高さんは、いい曲の、本当に根底の核にある部分だけを掴み取ってる気がする。
その曲に付着してしまった世俗的な意味合いだったり、相対的な位置みたいなものが、まったく見えてこない。ただ、まっさらに、歌われている。

そして、そういった異なる事象の根底に流れるものに耳を傾ける優しさが、彼女のオリジナルの楽曲には、きちんと現れている。

それが紛れもない、穂高さんのワンマンのタイトルにも 「ありがとう宇宙」とあったけど、
紛れもない「宇宙」なのかもしれない。

穂高さん、長きにわたるイベント、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。

5/15(月)
仕事後、秋葉原GOODMANへ。太平洋不知火楽団、おとぎ話、遠藤賢司、3マン。しかし太平洋もおとぎも間に合わなかったのだ…早番を取っておけばよかったと後悔。せめてエンケンだけでも観なければ、と猛ダッシュで向かった。

エンケンを観るのは大分久しぶりだったし、もしかしたら対バン形式のイベントの中で観るのは、初めてだったかもしれない。

約1時間程のセットの中で、前半はアコースティック、後半は轟音エレキでの弾き語り。途中ドラムを叩きながらエレキを弾き叫ぶ、という箇所もあった。

とにかく、この前灰野さん観た時も思ったんだけど、大御所は違う!というか、こんなにめちゃくちゃな音楽、そうはないよなあ、と思ってしまう。40年にわたり、情報や状況に翻弄されるでもなく、貫き通してきた強さ、というか、語弊があるかもしれないけど、甚大な我儘さ、唯我独尊、そういう絶対的な、太い幹みたいな存在って、やっぱりロックとはそういうものなのかもしれない。そしてそれは同時に紛れもなく、ポップ、ですらある。説明の付随する余地もない程、ただ在る、という、その潔さ。



今月はGWくらいから随分頻繁にライヴに通いまくっている。そんでCDも沢山買ったり、聴いたり、した。身近な人達のリリースがたくさんあった。オワリカラ、DODDODO、THEラブ人間、平賀さち枝、よしむらひらく、アニュウリズム、valva、狩生健志(←CDにはなってない) etc・・・まだ買ってないがH Mountainsのデモ音源もWebで聴いて、驚いた。

受け止めきれない程、いろんなもの、受け取った。
それがどう自分の作る楽曲に映し出されるのか。

個人的には、曲作りがスランプ。歌詞が書けない。寧ろ、「歌詞を書く」という行為を遂行しようとしてしまってる時点で、歌詞はきっと書けないだろう。ただ達せられぬ諦念を意識しつつ何かに向かう、その時の意志の強度というものだけは、蔑ろにしてはいけない、と思っている。

活字離れが甚だしいので、久々に本も読んでいる。といっても一貫性なく、適当に、箇所箇所を乱読。ネットサーフィンみたいな気持ちで読書にあたる。それは無礼だろうか。

夏目漱石「明暗」、梶井基次郎、ゴッホに関する著作、西田幾多郎のベルクソン論、シモーヌ・ヴェイユ…

適当に100円くらいだったから買ったこれらの文庫本にそれぞれ共鳴する部分が多々あり驚いている。昨今の自分の楽曲とも。

結局そうやって磁力はある一点にて集約され、出会うべくして出会う時が訪れるのかもしれない。

それが、自分にとっては歌が生まれる瞬間に当たるのかもしれない。

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