
ポール・マッカートニーとユースの変名プロジェクト「ザ・ファイアーマン(THE FIREMAN)」のニューアルバム「エレクトリック・アーギュメンツ(ELECTRIC ARGUMENTS)」が発売されました。今回はポールのヴォーカルが全編に渡って聴けます。全曲の作詞作曲もポールで、ジャケットにもポールとユースの名前がクレジットしてあります。
なんでも13曲を13日で録音し、曲もスタジオで作ったらしく、そのためか、ワンコードやスリーコードの曲も多いです。それからスライドギターも多く入っています。好き勝手に音を重ねて楽しんたようなアルバムで、僕は気に入って毎日聴いております。詳しいクレジットが欲しいところです。
というわけで、サウンドを1曲ずつざっと解析してみました。
特筆すべきはミックスの凝った処理です。特に空間系の処理が凝っています。ノンリヴァーブでタイトな処理が好まれる最近の傾向(最近のポールのアルバムもこうでした)からは大きく外れておりますが、凝った処理でなければ出せない音像のミキシングになっていて、興味深いです。
では1曲目から順番に書いてみます。
「Nothing Too Much Just Out Of Sight」
4分の7拍子という変拍子。ヘヴィなベースとギターのリフに、ポールのシャウトが炸裂します。ベースはパラレルで出力してあり片方にはディストーションがかけてあります。ポールのヴォーカルにもディストーションがかけられ、左チャンネルからはスライドギター。ギターソロもスライドで荒々しいサウンドです。ベースもハイポジションでポールらしいフレーズを弾きまくっていてカッコイイ!エンディングの混沌とした雰囲気はまるでヘルター・スケルターみたいです。
「Two Magpies」
アコースティック・ギターで遊んでいるうちにできたような曲ですが、これはこれで良い雰囲気です。コードも結構凝っています。ベースはウッド・ベースで、これもポールが弾いていると思います。ヴォーカルのアドリヴが一瞬ラジオヴォイスになったりと、ミックスも結構凝っています。
「Sing The Changes」
爽やかなイントロから始まり、ロングタイムのディレイ&フィードバック処理されたポールのヴォーカルが乗ります。さりげなくベースがテンションを使っていたりしてカッコイイ!スリーコードだというのを感じさせないほど複雑な空間系のエフェクト処理がしてあります。
「Travelling Light」
8分の6拍子で、ポールの低音の囁くようなヴォーカルが堪能できます。左チャンネルのフルートの音はメロトロンです。ポールはメロトロンの実機を使い続けているのがスゴイです。メンテナンスも大変でしょうに。右チャンネルからはアフリカの楽器のカリンバらしき音が聴こえ、ベースが左に振られているのが面白いです。良く聴くとトライアングルなど様々なパーカッションが入っていて、中盤からは別の曲とつなげたのでしょうか、全く別の展開になって終わります。それまではスリーコードです。
「Highway」
シンプルなリフのロック。ベースとギターのユニゾンがカッコイイ!この曲もそうですが、このアルバムはスライドギターを入れた曲が多いです。歪んだブルース・ハープの音もカッコイイです。中間部分とエンディングのドラムのタムの音が迫力あります。コーラスもおそらくほとんどがポールの多重録音でしょう。
「Light From Your Lighthouse」
ポールの超低音と超高音のユニゾンヴォーカルがカッコイイです。普通に演奏したらモロにカントリー調になりますが、低音ヴォーカルにディストーションがかけられ、変わったサウンドになっています。この曲のベースもウッド・ベースです。スリーコードでサウンドはシンプルですが、何度も重ねられたポールのヴォーカルとコーラスが特徴になっています。
「Sun Is Shining」
イントロのギターの音の定位の変化が面白いです。この曲はベースラインがとにかく素晴らしい。実にポールらしいフレーズで、ワンコードの部分でもベースラインの変化で聴かせてしまいます。改めて素晴らしいベーシストです。このアルバムはスリーコードが基本となっている曲が多いのですけど、この曲はもっとシンプルで2つのコードしか使われていません。この曲も空間系のエフェクトで複雑な処理をしてあります。
「Dance 'Til We're High」
フィル・スペクター調のイントロでビックリいたしました(ポールとフィル・スペクターとは「レット・イット・ビー」の頃に確執がありましたので、このアレンジには驚きました)。しかし曲が始まると、オクターブを重ねた抑え気味のヴォーカルで、少々肩すかしを食らいますが、それもつかの間で、サビでストリングスが出てきてモロにスペクターサウンドになるという驚きの曲でした。ギターソロは、またまたスライドです。チューブラベルを使ったり、古いオルガンを使ったりと、楽器のセレクトも楽しんでやったような雰囲気です。
「Lifelong Passion」
イントロのアナログシンセ(多分Mini Moog)の音色が幻想的な、ワンコードのインドっぽい曲です。タブラも使っているようです。右チャンネルのエレクトリック・ピアノはウーリッツァーでしょう。ヴォーカルには所々ダブッぽいディレイ処理がしてあります。
「Is This Love?」
イントロのリコーダーらしき音がこれまた民族音楽っぽいワンコードの曲です。左右の2本の対照的なギターの音がまた良いです。グロッケンなども使っています。なぜかエレクトリックベースの音が大きく、ヴォーカルのバランスは控えめですけど、コーラスを含め3〜4声ぐらい重ねているようです。民族アンビエントという雰囲気です。エンディングを聴くとわかりますが、ベースが複音で弾かれていますので、ベースを弾いているうちに思いついた曲かもしれません。
「Lover's In A Dream」
コントラバスの弓弾き(ボウイング)で始まりますが、これもポールのプレイかもしれません。不気味なイントロから、打ち込みのリズムへと流れ込みますが、シンセベースなどに混ざり、ハモンドオルガンやヴィブラフォン、またまたスライドギターなどを使っているのが特徴的です。この辺のサウンドは以前も「プリティ・リトル・ヘッド」などで試しておりますが、この曲ではノイズも加え、より実験的なサウンドとメロディーになっています。これもワンコードの曲です。
「Universal Here, Everlasting Now」
まるでメロドラマのようなクサいピアノのイントロに、犬や鳥の鳴き声やシンセ、人の話し声のノイズが重なり、どうなるのかと思うとアップテンポの打ち込みドラムが入るというビックリの構成です。ヘヴィなギターにアコースティック・ギターのメロディが入り、ポールのアドリヴっぽいヴォーカルが入り、どんどんヘヴィになり、またクサいピアノに戻るという、ワンコードの曲です。最後の最後にピアノがメジャーコードを弾くのがひねくれていて面白いです。
「Don't Stop Running」
これも幻想的な曲です。イントロで右チャンネルから聴こえるブホブホというノイズは何の音なのでしょうか。この曲ではウクレレが使われています。ポールのファルセット・ヴォーカルが聴けますが、やはりタブラなどを使い、民族音楽っぽい雰囲気を出しています。この曲は個々の楽器のエフェクトが凝っていて、ギターに速いトレモロがかかっていたり、クラビの一部にフィードバックディレイがかかっていたりして、曲に色を添えています。ベースラインもポールっぽいですし、メロトロンも使われています。他にもアコースティック・ギターやハープっぽい音など、楽器の数はかなり多いです。
この曲の最後に、スペイシーなシンセサイザーによるシークレット・トラックが入っています。こういうのポール好きですね。70年代には、こういう幻想的なシンセの曲がよくありました。最後の最後にポールの逆回転によるささやき声が入っていますが、まだリバース再生しておりませんので、何と言っているのかはわかりません。
というわけで、ざっとサウンドを分析してみました。万人受けはしないかもしれませんが、これもポールの一面でありまして、僕はこういうポールも大好きです。これからもどんどん好き勝手に音楽で遊んで、聴かせていただきたいです。
60代半ばを過ぎて、これまたこういう実験的でヘヴィなアルバムを作るポールは本当にカッコイイです。