
数年前に発売された事を知りながら、入手困難なために見聞きできなかったのが、この「イエロー・マター・カスタード(Yellow Matter Custard / One Night in New York City)」です。
2枚組CDとDVDが作られましたが、これは自主制作盤でして、ネット通販のみの販売です。でも最近、ごく一部の輸入盤屋さんに入荷したらしく、幸いにも手に入れる事ができました。おそらく売り切れたら再び入手困難になるような気がします(個人的な予想ですが)。
これは、世界有数の超絶ミュージシャンたちが、ただただビートルズの曲を演奏して楽しんでいるだけのライヴ盤です。本当にそれだけです。そしてそれがこのライヴ盤の1番の飛び抜けた価値です。もう本当に楽しそうに演奏して歌っているのです。
メンバーは、ドリーム・シアターの超絶ドラマーであるマイク・ポートノイ、僕の大好きな超絶ギタリストのポール・ギルバート、デヴィッド・リー・ロスのバンドを抜けたビリー・シーンの後任で加入したベースのマット・ビソネット、ギターとキーボードがニール・モーズという編成です。
マイク・ポートノイなんて、360度が全部ドラムという凄まじいセットを叩きまくる超絶テクニックが持ち味のドラマーですし、ポール・ギルバートも正確無比なフレーズを目にもとまらぬ速さで弾きまくる世界最速ギタリストの1人としても有名です。
そんな人たちが、ただもう楽しそうに大好きなビートルズナンバーばかりを31曲もニコニコしながら演奏しているという、バンドや楽曲に対する愛に満ちあふれた大変に素晴らしい内容です。
いつもは山のようなドラムセットに囲まれているマイク・ポートノイなんか、このライヴでは初期のリンゴ・スターと同じく、スネアにタム1個、それにフロアタムとバスドラ、ライドシンバル1枚にクラッシュシンバル1枚という、たったこれだけのセットで、メンバー紹介でも「アイム・ア・リンゴ」と自ら言っていて、超シンプルなプレイをしています。あきらかにリンゴを意識したプレイです。というか、リンゴになり切って楽しんでいるのでしょうね。ドラムの色まで同じですし。
曲は完全コピーというわけではなく、原曲を大事にしながらも、自分たちなりの個性を生かした演奏で、これも実に良いです。この人たちはもう本当に凄いミュージシャンですので、こんな風に自分たちの演奏でやってくれるのが嬉しいです。
と言っても、かなりの部分ではビートルズの原曲に忠実です。細かい部分を聴けば多少フレーズなどが違う、という意味ですので、実際にコピーをした人でなければ、完全コピーに聴こえるのではないでしょうか。
各自の楽器やマイクスタンドのところに、ビートルズの映画「イエロー・サブマリン」の人形が置いてあるのが面白いです。しかし明確にジョン役、ポール役などが決まっているわけでもなく、リード・ヴォーカルはそれぞれ全員がやりますし、好きな曲を好きな人が歌っているという感じです。
そしてその選曲が面白いのです。「ディア・プルーデンス」「シー・セッド・シー・セッド」「アイ・コール・ユア・ネーム」「レイン」「フリー・アズ・ア・バード」「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「恋のアドバイス」「エブリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・ アンド・マイ・モンキー」「嘘つき女」「アイ・ウォント・ユー」「ラヴリー・リタ」「グッド・モーニング・グッド・モーニング」などで、一般的なビートルズのトリビュート・バンドではあまり取り上げられない曲も多く含まれています。
有名な「イエスタデイ」も「ヘイ・ジュード」も「レット・イット・ビー」も「ミッシェル」も一切無し!「ザ・ナイト・ビフォア」は演奏していても「ヘルプ!」は無し!「家に帰れば」や「アイル・ビー・バック」は演奏していても「ア・ハード・デイズ・ナイト」は無し!「シー・ラヴズ・ユー」や「抱きしめたい」も無し!
これはもう完全にビートルズの楽曲を聴き尽くした人たちによる、独特の選曲だという事がわかります。ジョンの死後に3人がダビングして完成させた「フリー・アズ・ア・バード」までやっているのですからね。
アンコールなんか「ユー・ノウ・マイ・ネーム」ですよ!最後のジョンの奇妙なセリフ(?)までマイク・ポートノイが再現しているのがスゴイです。
忠実に演奏しているようでいて、ところどころにヘヴィメタル・ミュージシャンとしての雰囲気やテクニックが顔を出すのも非常に面白いです。「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」の最後のギターソロなど、ポール・ギルバートが超絶テクニックで弾きまくっていて、それにノセられたのか、マイク・ポートノイもテクニカルなドラマーとしての顔がチラリと見えたりします。ポール・ギルバートなんか、歯でギター弾いていますしね。
ドリームシアターやポール・ギルバートのソロアルバムなどで、普段の彼らがどれだけ凄まじい演奏をしているのかというのを知っていると、普通に聴くよりももっとずっと楽しめると思います。ポール・ギルバートがソロも弾かずにコードだけ弾いて楽しそうに歌っていたり、マイク・ポートノイが片手でマラカスを振りながら、片手だけでリンゴのドラムのオカズを叩いてしまったりするシーンなどは、いつもと違う彼らの演奏スタイルが楽しめるという意味でも、もうそれだけで見所です。
なぜ普段はヘヴィメタルやプログレやハードロックなどを得意とする人たちが、こうやってヴァイオリンベース(ヘフナーじゃなくエピフォン製のようですが)や、リッケンバッカーの12弦ギターや、リンゴと同じ構成のドラムセットを使ってビートルズばかりを演奏しているのかというと、これはもう「ただ好きだから」という理由だけなのでしょう。
見ればわかります。これは「ただ好き」なんです。「レボリューション」のビデオクリップだけに入っている「バォンシュビドゥワッ」というバックコーラスを入れたり、「嘘つき女」でマット・ビソネットと一緒にニール・モーズもベースを弾いて、その音にファズをかけているのを見れば、もう単に「ビートルズが大好き」という理由しか見あたりません。
どうしてこの4人が集まったのかなど詳細はわかりませんが、たまたま知り合った4人がビートルズが好きで、たまたまスケジュールが空いていて、じゃあ好きな曲を演奏してみようというだけだと思います。
それでライヴもやってみたら、お客さんも集まって盛り上がって(実際「カム・トゥゲザー」では観客が大合唱しています)、たまたま録音もしていたし映像も撮影していたので、自主制作で通販のみで欲しい人に販売してみた、という、ただそれだけの理由に思えます。
このDVDは、元々は自分たちの記録用だったのかもしれません。撮影している人は素人っぽいですし、カメラもおそらく2台程度しか使っていません。ピントがボケたり、揺れたり、スポットライトが当たっている時にはハレーションで真っ白になったりもしています。
それで「オフィシャル・ブートレグ(公式海賊盤)」という事にして、欲しい人にだけ通販で販売したのでしょう。
僕は他にDVDに未収録の映像で、この4人がスタジオで演奏しているのを見た事がありますが、ライヴで演奏したのはこの日だけだったようです。ひと晩だけみんなの前でビートルズを演奏して、またそれぞれの活動に戻ったというわけですね。
マイク・ポートノイはこの日のために、わざわざバスドラムのヘッドを作っていて、ドラムメーカーである「TAMA」のロゴまで星で描かれているという粋なヘッドです。DVDにはリハーサルの映像も収録されていますが、そちらでは「マイク・ポートノイ」という名前がビートルズのロゴっぽいデザインになっているヘッドが映っていて、何となく映画「レット・イット・ビー」のオープニングシーンを思い出しました。
楽屋のシーンではマイク・ポートノイが「ラバーソウル」のジャケットのTシャツを着ていますし、他の映像で別のビートルズのTシャツを着ているのを見た事もあります。そしてリハーサルではジェリーフィッシュのTシャツを着ています。この人はこの辺の音楽が好きなようですね。
ポール・ギルバートは楽屋でヴァン・ヘイレンの曲やキャロル・キングの曲を弾いたりしていますが、この人もライナス・オブ・ハリウッドと一緒に演奏をしたり、覆面バンド「パイントサイズ」を組んだりしていて、こういうポップスが大好きなのがわかります(ちなみに「パイントサイズ」最高です)。
つまりは、超絶ミュージシャンがやったパーティーバンドや文化祭バンドでありまして、「ユー・ノウ・マイ・ネーム」でデニス・オペルが歌い出した時に観客と一緒に大受けしながら見たり聴いたりするというのが、このCDやDVDの正しい楽しみ方であると言えます(ちなみにCDとDVDの内容は同じで、DVDのみリハーサルや楽屋の風景とオーディオコメンタリー付きです。日本語字幕はもちろんありません)。
ポール・ギルバートやドリームシアターやデヴィッド・リー・ロスも好きで、ビートルズも大好きだという人であれば、更に100倍楽しめるでしょう。そういう人には絶対に聴いていただきたいです。オリジナル・ヴァージョンと比べてあれこれ文句を言いたくなる人には向きませんので、そういう人はビートルズだけ聴いてて下さいませ。いや、そういう人でもきっと楽しめると思いますが。
僕にはもう本当に楽しいですよ、これ。ビートルズに対する愛が溢れています。素晴らしいです。ミストーンや歌詞の間違いもありますけど、この人たちのミストーンを聴けるだけでも貴重です(?)。これまたやって欲しいですねえ。今度はヴォーカルがトッド・ラングレン、ベースがライナス・オブ・ハリウッドという編成でも見てみたいです。
関連文章です:
「
また電車で戻って買いに行く/イエロー・マター・カスタード」
「
トライアングル/ライナス・オブ・ハリウッドと木村カエラ」
「
ポール・ギルバート来日(というか帰国?)」
「
ポール・ギルバート来日公演決定」
「
Burning Organ/ポール・ギルバート」