今日、見逃してしまった椎名林檎ちゃんの番組「椎名林檎・お宝ショウ(NHK)」の再放送を見ました。
ヴァイオリニストの斎藤ネコさんがアレンジしたオーケストラとの共演でした。林檎ちゃんのDVD「賣笑エクスタシー 」でも斎藤ネコさんが指揮をしたオーケストラとの共演で、僕はこれが大好きでしたのでこの番組は楽しみにしていました。
スタジオのセットもゴージャスな雰囲気で、曲によっては大変な人数のオーケストラの演奏が聴けましたし、ミキシングも良く、ウッドベースがバカボン鈴木さんだったのも嬉しかったです。
トークも、例えばセカンド・アルバムまでは高校生の頃までに書いた曲ばかりだったとか、「歌舞伎町の女王」は1度も歌舞伎町に行った事がない頃にイメージだけで書いたとか、興味深い内容が聞けました。しかし高校時代の曲で制作された初期の2枚のアルバムだけで計約380万枚の売り上げなのですから驚きます。
持ち歩いているバッグの中には、譜面と筆記用具、黒のMacBookなどが入っていました。名前が「林檎」なのでアップルのパソコンというわけでもないでしょうけど、アレンジ作業などでMacを使っているというのを読んだ事がありますので、音楽ソフトがインストールされているのでしょう。
譜面も定規を使って音符をきっちり書いていた事に感心しました。音符の線が曲がってしまっても消して直せるようにエンピツで書くそうです。僕なんか譜面はマジックの殴り書きで汚いので、なかなかこれは偉いなあと思いました。
先月発売された椎名林檎×斉藤ネコ名義のアルバム「平成風俗」も僕はとても気に入りました。
オーケストラのアレンジもとても素晴らしいです。なんともゴージャスで魅惑的な音です。
「平成風俗」で素晴らしいと思ったのは、アレンジと指揮をしている斉藤ネコさんとの共同名義になっているところです。
少々説明いたしますと、メロディーの譜面やデモ音源を受け取って編曲をするアレンジャーという仕事は日本独特の職業と言えます(外国では多くの場合いわゆる編曲家も作曲家の範疇に入ります)。残念ながら日本ではアレンジャーは一般的に作詞家や作曲家よりも不遇で、印税も入りませんし、大きくクレジットされる事もほとんどありません。テレビの歌番組でも作詞作曲者がテロップで紹介される事があっても、編曲者まで一緒に表示される事はとても希です。
しかしアレンジャーは作品の完成度を大きく左右する重要な役割を担っており、メロディーや歌詞とも切り離せない大切な作業をしています。もちろん編曲には大変な時間と労力と知識を要します。印象的なイントロの作曲やリズムパターンやハーモニー、ベースラインやコード進行の整理、楽器の編成や音色まで練り上げて仕上げるのがアレンジャーの仕事です。
日本ではアレンジャーの氏名の表示や、適正な利用料が支払われるように活動している編曲家中心の協会もあり、斉藤ネコさんやそうそうたる作編曲家の方々が参加しています(会長は服部克久さん。ページは
こちら。会員リストは
こちら)。僕も作詞作曲者と共に編曲者の氏名表示は、されて当然だと思っています。
それからレコーディング・エンジニアの仕事も重要です。いくらミュージシャンが良いサウンドを作っても、それを良い音で記録する技量と、仕上げる感覚が良くなければ、迫力や繊細さや表現力を欠いた音になってしまいます。縁の下の力持ちという感じの職業ですが、優秀なレコーディング・エンジニアも含めて素晴らしいサウンドが完成するのです。
椎名林檎×斉藤ネコ「平成風俗」の画期的なところは、アレンジャーとの共同名義のアルバムであり、CDの帯に「録音 井上雨迩」とレコーディング・エンジニアの名前が堂々とクレジットされているというところです。
僕もアレンジャーやレコーディング・エンジニアの仕事をしますので、これには感激しました。
バスタブに楽器が詰め込まれたジャケットでは、手前にヘッドフォンが飛び出しています。これはもちろんレコーディング・エンジニアを表しています。モノクロのジャケットで、林檎と猫とウニがカラーです。林檎ちゃんとネコさんと雨迩さんの事ですね。
このようにアレンジャーやレコーディングに関わった人がクローズアップされるのはとても良い事だと思います。評価されて然るべき仕事をしている人たちが国内外問わずに無数にいるからです。
椎名林檎ちゃんはこういう意識が高いようで、自分の作品作りに関わった人たちに対する賛辞を忘れません。例えば林檎ちゃんのDVD「発育ステータス 御起立ジャポン」でも、本編のライヴ演奏以外にリハーサルやミーティング風景の映像がかなり長く収録されていて、バンドメンバーの意見を真剣に聞いて取り入れる場面や、アレンジに違和感を持つメンバーの気持ちを一生懸命理解しようとする映像が見られます。
ライヴがメインという視点から考えれば、カットされても特に問題ないシーンです。楽曲だけが目的の人には退屈で余計な内容かもしれません。しかし林檎ちゃんは自分以外のメンバーがアイディアや意見を出している場面などを、あえてDVDに収録しました。実に林檎ちゃんらしいです。
今まで数々の作品を手がけながらも、評価も受けず、名前も知られずに引退して行ったアレンジャーやレコーディング・エンジニアも世界中に多くいるでしょう。でもその人たちの努力や実験的精神などにより、今の音楽界があるのです。受け継がれた技術や手法も無数にあります。
ですからアレンジャーやレコーディング・エンジニアにまでスポットを当てた椎名林檎ちゃんは、実にエライと思うのです。尊敬いたします。
林檎ちゃんがデビューした時は、バンド仲間や音楽仲間と「こりゃとんでもない天才の女の子が現れたな」とみんなで仰天したのを憶えています。初期の曲に思い入れのある人も多いようですが、僕としてはどんどん好きな事をやってほしいです。ピアノやギターの弾き語りのようなシンプルなサウンドのアルバムも聴いてみたいものです。作ってくれないでしょうかねえ。