年越大祓  ひとり言

クリックすると元のサイズで表示します
令和元年も
残すところあと2日となりました

今日は石清水八幡宮に行ってきました


各地の神社では
大晦日に大祓の神事が行われます


大祓とは

日々の生活の中で「枯れてきた気」=「けがれ」を元に戻し
知らぬ間に「犯してしまった過ち」=「罪」を祓う神事

なのだそうです(石清水八幡宮HPより)


ただ生きているだけでも
私達は生き物を殺生し
それを食しています


出会う人すべてに
優しくしようと思っていても
時には
その思いとは裏腹な言動をとってしまうこともあります



しかも
一番やっかいなのは
自分でも気づかぬうちに
人を傷つけているかもしれないことです



そんな自分に不安になったり
落ち込んだり・・・

それもまた
知らず知らずうちに
心の中に
ゴミとなってたまります



神様がそれらの穢れを
清めて下さる


そう思うだけで
心がほっとします



人形(ひとがた)の白い紙に
息を吹きかけて身体を撫でることで
けがれを人形に移して
それを祓い清めていただくのです



家族の分は写真を撫でて
一緒に持って行きました


毎年必ずしている私の年中行事です



今年一年が無事に過ぎたことを
神様に報告し
ご加護を感謝して参りました

5

「玄庵」へのキセキK  幸せ話


いつの頃からか
夢であり
憧れであった小間のお茶室

いくつかの奇蹟が軌跡となり
今まるで昔からそこにあったかのように
我が家の裏庭に静かに佇んでいます


この場所が私に与えられたその「キセキ」には
いったいどんな意味があるのか・・・


これからの人生の中で
ゆっくりと
その答を探して参りたいと思います


クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima


クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima



クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima

この扁額の字を書いて下さったのは
四年前に私が
「小間を作ったらお呼びします・・・」と
約束した師匠です


令和元年11月22日


お約束の五年を待たずに
その師匠をお招きすることができました




クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima

 
これから私はここで
大切なお客様のお越しを
お待ちしながら
静かに年を重ねてゆきたいと思います


クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今日の記事の写真は
桑島薫さんというフォトグラファーの方に
撮影していただいたものです

桑島さんとの出会いにも
不思議なキセキがありました


そのことについては
→コチラをご覧下さい



「『玄庵』へのキセキ」


最後までご高覧いただき
ありがとうございました



12

「玄庵」へのキセキJ  幸せ話


工事が始まってからも
茶室はそのまま一足飛びにできあがったわけではなく
その後また更に

地球が太陽のまわりを一周する間に
少しずつその姿を露わにしてきました

クリックすると元のサイズで表示します
平成30年11月


クリックすると元のサイズで表示します
平成30年12月


クリックすると元のサイズで表示します
平成31年3月


クリックすると元のサイズで表示します
令和元年6月


クリックすると元のサイズで表示します
令和元年11月

クリックすると元のサイズで表示します
竣工祭 令和元年10月27日

クリックすると元のサイズで表示します

因みに二年前
道具屋さんにご紹介いただいた建築家
(前列右:アーキスタジオ哲)の先生は
ゆくりなくも
私がかつて3年間お茶事教室に通いつめた
K宗匠のご子息でした

天国の宗匠が
導いてくれたご縁だと思います


そして
その建築士さんから仕事を請け負ったのは
田尻工務店さん(前列左)です

これまた不思議なご縁で
田尻さんの先代は
私が過去に2回懸け釜をさせていただいた
あの鶴屋八幡さんのお茶室を
施工されたのだそうです


何だか見えない糸が
ずっとつながっていたような気がします

因みに
お世話になった左官屋さんは

壁土つくりから父親に学んだという
昔ながらの熱い心を持った職人さんです

また
寒い冬も暑い夏も丸一年間
黙々と仕事をしてくれた大工さんは

お茶室建築界では憧れの
あの中村外二で修業時代を
過ごされたとお聞きしました

お若いのにとても礼儀正しく
仕事ぶりは超一流でした

そして
この仕事のチームのお一人
お庭を担当して下さった西造園さんは
茶の道に大変造詣が深く
浮世離れしたユニークな方で
茶道界の奥深い話からよもやま話まで
色々いろいろ・・聞かせていただきました

クリックすると元のサイズで表示します
photo by Kaoru Kuwajima



この全てのご縁が
一年前に偶然出会った
あの利休七種写しのお茶碗から始まったと思うと
感謝の気持ちでいっぱいになると共に
とても不思議な気持ちになります

→「玄庵」へのキセキK
7

「玄庵」へのキセキI  幸せ話


同門会講習会に出かけ
ひょんなことで
一つのお茶碗と
運命的な出会いをしたことがきっかけとなり

茶室建築の歯車が動き始めたあの日から
1年が過ぎようとしていた頃

待ちに待った工事がいよいよ始まりました


クリックすると元のサイズで表示します
以前の露地


クリックすると元のサイズで表示します
お酒とお塩で清めます


クリックすると元のサイズで表示します
樹木が一旦取り除かれユンボで整地され・・・


クリックすると元のサイズで表示します
何も無くなったら思ったより狭い。。。


クリックすると元のサイズで表示します
地鎮祭  
平成30年11月27日


因みに
あの講習会でお茶碗と出会った日は
地鎮祭のちょうど1年と1日前! 
平成29年11月26日でした


→「玄庵」へのキセキJ
6

「玄庵」へのキセキH  幸せ話


同門会の講習会の日に
茶道具屋さんを通じて
建築家の先生をご紹介いただいてから
あっという間に季節が一巡し

その間自然の猛威に度々襲われ
再び秋風が吹き始めた頃

ようやく
実際に工事をお願いする工務店さんが入っての
打合せが始まりました

ちょうどその頃に
稽古場開設十五周年の記念行事として
社中の方々と
家元見学に参りました

クリックすると元のサイズで表示します


お家元には
いくつかのお茶室がありますが

なかでも
反古張の席と言われるお茶室の見学を
私は最も楽しみにしていました


というのは
それはまさしく私がずっと憧れていた
一畳台目向切りのお席なのです


歴史の重味を感ずるその小さな茶室に
社中と共に入れていただき
いよいよ始まる建築工事に思いを馳せると
心の内に
熱いものがたぎってくるのを感じました

→「玄庵」へのキセキI

6

coffee break  ひとり言


クリックすると元のサイズで表示します
am8:00

こんなにゆっくりした朝を
過ごすのは何日ぶりかな。。。

キッチンに差し込む朝の光を感じながら
いつもより丁寧にシンクを洗う

一人暮らしの母に電話をしてみる

電話口のすぐそばにいたのかな・・・

すぐに元気な声が聞こえてほっとする

「寒くなったね」
から始まって

気づくと今日も

母の女学校時代の話


もう数え切れないほど何度も聞いた話だけど
子守歌のように
いつまでもそれを聞いている。。。



クリックすると元のサイズで表示します
am10:00 coffee break


久しぶりに
小田和正のCDを聞きながら。。。

なんだか涙がでてきた

幸せの涙・・だと思う



そういえば。。。
今日は注文していたリビングのカーテンが
できあがっているはず


コーヒーを飲み終えたら
新しいカーテンを取りにいこう!




4

「玄庵」へのキセキG  幸せ話


その後
建築家の先生には
何度も足を運んでいただきました

茶事の流れをよくご存じの先生なので
図面を挟んで向かい合って
実際に使う場面を想定しながら
細かい修正を繰り返すその作業は

頭を悩ませつつも
心躍る楽しい時間でした

クリックすると元のサイズで表示します


そんな中
枚方市を大きな地震が襲い
その傷も癒えぬ内に
秋には強い台風が通り抜けていきました

我が家も地震で壁にひびが入り
多くの家の瓦が吹き飛びました

その影響か
茶室建築の話は中断してしまったような
状態になりました

その間に
お客様をお迎えする家として
茶室以外の台所・トイレ・玄関の
リフォームをすることにしました

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

これらの工事は
地元のホームセンターに依頼したところ
結果的には予想していたより
費用を押さえることができてほっとしました(^^;

→「玄庵」へのキセキH

9

「玄庵」へのキセキF  幸せ話


道具屋さんに
「それとなく」聞いていただいた
建築家の先生とは
結局その1ヶ月後には
直接お話をさせていただくことになりました


茶室というのは
大きくても小さくても
建築にかかる費用はさほど変わらず
私が作りたいと思っているような
小さな茶室ほど実は割高になること

どういう材料を使うかで
上を見ればきりがないけれど
その分工夫すれば費用を抑えることもできるということ


そして
一応提示した予算内で建築することは可能ですとの
お答えをいただきました

とはいえ
実際には限られた予算の中で
どのようなお茶室が作っていただけるのか
何となく不安でした


ところが
その1ヶ月後に先生から完成予想図(パース)を
見せていただいた時

心の中で
「ええっ!こんなに本格的なお茶室を
作っていただけるのですか?!」と
正直驚きました

クリックすると元のサイズで表示します


淡い「夢」が
一気に現実味を帯びてきました!


その後露地工事など検討する段階で
最終的には予算を少々オーバーすることにはなりましたが
それも満足できるもの作るためには
ある程度覚悟していたことだったので
良しとしましょう(^^;



→「玄庵」へのキセキG


12

「玄庵」へのキセキE  幸せ話

今から思うと
実に奇遇ですが

一つ前の記事に書いた
講習会でのできごとがあった前日のこと

私は大山崎町歴史資料館を訪れ
利休の残した茶室「待庵」の写しを見学し
その中に入らせていただきました


クリックすると元のサイズで表示します
その日の記事はコチラ


大山崎町歴史資料館では
ふだんから待庵の写しは常設されているのですが
その「待庵」は外から見るだけで
中に入ることはできません

ところがこの時は
「第25回企画展 千利休とその周辺」が開催されていて

常設の待庵とは別に
もう一つ待庵の原寸大モデルが展示され
その室内に入って
お茶をいただくことができました


山崎妙喜庵にある本物の待庵はもちろん
常設されている写しの待庵も
中に入ることは不可能なのに

この日は
写しとは言え
利休の作った二畳の空間で
実際にお茶をいただくという
本当に貴重な体験をさせていただきました


まさか
そのすぐ次の日に
小間建築へと歯車が大きく動き出す
思いがけない出会いがあることなど
この時には
全く知るよしもありませんでした


クリックすると元のサイズで表示します

→「玄庵」へのキセキF
9

「玄庵」へのキセキD  幸せ話

出会いは
ある日突然
何の前触れもなくやってきました


平成29年秋
表千家同門会大阪支部の講習会に出かけた日のことです

クリックすると元のサイズで表示します

午前の講習を受けた私は
大勢の受講者と共に階段を下りて
1階の荷物受け渡し所に向かいました


ところが
ちょうど午後からの受講者が荷物を預ける時間と重なり
廊下は身動きのとれないほど
大勢の人でごった返していました

まるで満員電車の中にいるような状態で
列の長さから予想すると
荷物を受け取るまでに
どうみても10分以上かかると思いました


これから受講する方達と違って
私は荷物をもらって帰るだけですから
この混雑が解消してから
ゆっくり取りに来たらいいかと思い

列から離れて
その日に同じ会場内で開かれていた
茶道具の展示会をのぞきに行くことにしました


実はその展示会の案内状は
前もっていただいていたのですが

いずれ小間を作りたいと思っていた私は
茶道具を買って建築資金を減らしたくなかったので
その日は展示会へは行かないつもりでした


ですから
ほんの時間つぶしのために
ふらっと立ち寄ったのです


ところが・・・


そこであるお茶碗に目が吸い寄せられました

作といい形といい
また伺ったその銘といい・・・


何といったらよいのか
こういうのを「出会い」というのでしょうか

それは私にとって
全く出会うべくして出会ったと感じられる運命的なお茶碗でした


そしてそのお値段はというと
決してお安くはないけれど
でも少し頑張れば買える。。。


やや逡巡しましたが
心を決めました

「これ・・いただきます」



(あ〜また建築資金を使ってしまった。。。!)と
心の声が叫んでいたところへ

追い打ちを掛けるように
道具屋さんが
「センセィ この茶入れもいいですよ〜」と



「あっ!もう買えません!!」(とキッパリ)

「私 ちょっとお金が要ることがあるんです」

「何ですか?」

「小間を建てたいんです」

「へ〜すごいですね!」

「うん・・・・」

「もう作ってはるんですか?」

「いや。。。まだ何も決まってなくて・・
どれくらいでできるかどうかもわからないし」

「○○先生の弟さん 建築家ですよ
ボク今日これから○○先生の所いくんですけど
それとなく聞いてきましょうか?」

「え〜!?お願いします!それとなくね。。。」m(--)m

→「玄庵」へのキセキE

12

「玄庵」へのキセキC  幸せ話


夫から
「家の裏庭に小さな小間なら・・・」と言われて
小躍りした私ですが

建てるとなると

実際いくらくらいかかるのか・・・

我が家に残っているお金で
どれほどのものが建てられるのか・・・

そもそも
こんな新興住宅地の中に
純木造建築を建ててもいいのか

よく知らないけど
建ぺい率とかなんとか
何か制限があるかもしれないし・・・

それに
たとえ小間ができたとしても
そこで使う道具がなければ
何の意味もありません
何をどう買ったらよいのか・・・


とにかくわからないことだらけです


それでも
私は暇さえあれば図面を書き続けていました

ついには
方眼紙を切って
起こし絵図のようなものまでこしらえて
にじり口や茶道口から
中をのぞき込んで一人で遊んでいました

クリックすると元のサイズで表示します

→「玄庵」へのキセキD

12

「玄庵」へのキセキB  幸せ話


「どこかに土地を探して小間を作りたい・・・」

地方に旅行に出かけて
古いお茶室があれば足をのばして見学に行き

美術館に設えられた小間のガラスに
鼻の頭をくっつけてのぞき込んで
「いいなあ・・・」とため息をついていました

茶室の本が目に付けばついつい買い集め
ぱらぱらと眺めては
「作るとしたらこんなのがいいかな〜」と
白昼夢にふけり・・・

クリックすると元のサイズで表示します

方眼紙に勝手な図面を書いては捨て
書いては捨てを繰り返し。。。

クリックすると元のサイズで表示します




そんなある日
近所の比較的大きな家が売りに出ました

その間取り図を見ると
今時の家には珍しく
二間続きの八畳間と六畳間があります


それまで全く思ってもいなかったのですが
「ここにお稽古場を移そうか・・・」という
考えが浮かびました


当時自宅の六畳間を稽古場にしていたのですが
急転直下!
その家を購入して
稽古場を移設する運びとなりました


そして平成27年の秋
コンサートサロンとピアノレッスン室
そこにお茶の新しい稽古場が併設された
北山茶露音ができました


それは大変うれしいことではありましたが
結局「小間の夢」は
そこで断たれてしまい
夢は夢で終わるかに見えました

ただその稽古場ができあがり
師匠から
「私も呼んでくださいよ」と
思いがけないことを言われた日

咄嗟に私の口から出たのは

「将来小間を作りますからその時にお呼びします!」

という言葉でした


「わかった・・・何年後?」

「ご・・5年後です!」


もちろんこの時には
小間を建てることは
夢の夢のような話でした


ところが
その後しばらくたったある日
夫から「小間はもういいの?」と聞かれました


そんな資金の余裕は
もう残っていないと思っていたのですが
「家の裏庭に小さい茶室を建てるくらいだったら
できるかも・・・」と言われて

私の心の中に再び小さな火が灯りました

→「玄庵」へのキセキC




7

「玄庵」へのキセキA  幸せ話


そもそも私が
小間のお茶室を建てたいと思ったきっかけは
何だったのだろう・・・

記憶を過去へと遡っていくと
それは
今から15年ほど前
お茶事のことが勉強したくて3年間通った
茶事教室での数々の体験が
起爆剤となっていたような気がします

クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します

それではなぜ私は
その頃通っていた茶道教室だけに飽き足らず
時間とお金をかけて
お茶事の教室に通いたいと切実に思ったのか・・・


それはおそらく
私がまだ学生だった今から40年ほど前
当時習っていた先生が相伝の際に
催して下さったお茶事での
原体験があったからだと思います


母に勧められて
何となくお茶のお稽古に通い始め
数年たった頃

何の予備知識もないままに
突然訪れた「お茶事」の体験は
まるで天と地がひっくり返るような経験でした

何せ
「お茶なのに」お料理が出てきて
しかもあの怖いコワイ先生が
仲居さんみたく料理を運んできて下さる。。。


食べ終わったら
一斉にお箸を落として合図する???

そんなお行儀の悪いこと。。。

しかし私にとってこの時の原体験は
今思えば
あの十牛図の三番目に訪れる
「見牛」に例えられるのではないかと思います

つまり
いつも繰り返しているお点前の稽古が
茶事というひとつの流れの中の
ほんの一部分であったことを知り

茶道とは
ただお点前を覚えることだけではないことに気づき
茶道の本質を少し垣間見たように思ったのです


その時の新鮮な驚きが
「茶事をもっと知りたい」という
私の心の中で小さな火種となってくすぶっていて

その後20年近くたって
しばらく中断していた茶道を再開した時
一気に炎をあげて燃え始めたような気がするのです

→「玄庵」へのキセキB

18

「玄庵」へのキセキ@  幸せ話


クリックすると元のサイズで表示します
フォトブック「『玄庵』席披きへのキセキ」
表紙の写真:桑島薫



令和元年 11月22日

自宅の裏庭に
茶室「玄庵」が建ち

師匠をお招きして
席披きのお披露目をいたしました


小さなお茶室を建てることは
私にとって長い間の憧れであり
夢でありました

単なる夢だったお茶室が
色々な「奇蹟」が絡み合いながら
時間をかけて
今ここに具現化いたしました

その不思議に感謝の思いを込めて
今ここで少し立ち止まり
その「軌跡」を
ゆっくりと振り返ってみたいと思います

少し長くなりそうですが
よかったらお付き合い下さいませ

→「玄庵」へのキセキA
9

桑島薫さんとの出会いのキセキ  幸せ話


江戸時代から大坂の中心だった船場

そこは一歩足を踏み入れると
古き良き時代の懐かしい香りがします

今日は
その船場にある丼池繊維会館に
行ってきました


クリックすると元のサイズで表示します
丼池繊維会館


クリックすると元のサイズで表示します
この建物は大正11年に
愛国貯金銀行として建てられたのだそうです


クリックすると元のサイズで表示します
202号室にて 桑島薫写真展(2019/12/5〜11)


桑島薫さんは
先日のお茶席披きの際に
竣工・記念写真を撮っていただいた
フォトグラファーです


人と人との出会いには
時に神の力が関与しているのではないかと
思わせるような特別な出会いがあります


桑島さんとは
そんなキセキのような偶然に導かれて
出会うことができました



・・・・・・・・・・・・・・・・
2019/4/7
鶴屋八幡で催した茶会にお越しいただいた
百名ほどのお客様の中に
J氏夫妻がいらっしゃいました

J氏が正客に座って下さったので
お話をすることができました


ご夫婦で私のブログを読んで下さっていて
この日はお二人でお越しいただいたそうです

旅行代理店にお勤めで
特にフランス旅行のお仕事をされ
私と同じ仏文科卒ということで
話がもりあがりました




2019/9/3
お茶の師匠が
京都で釜を掛けられ茶席に出かけた折
円山公園の辺りで偶然J氏と再会

腕に「茶道雑誌」の腕章をつけていて
どなたかと思いきや
茶会の取材に来ていたということで

あらためてお話をきくと
1ヶ月前に茶道専門の出版社に転職されたとのこと

「今後ともよろしく・・・Au revoir!」




2019/9/13
京都の表千家家元の行事に参加した後
京都美術倶楽部で行われていた
茶道具店展示会会場に出かけました

エレベーターで会場のある階へ上がると
誰もいないしーんとした長い廊下があり
その片隅のソファーに
一人の男性が座っていました

それがなんとJ氏でした!

円山公園で偶然再会した翌週だったので
お互いに驚きました

その時探していた道具が展示会で見つからず
思いがけなくJ氏の懇意にしている大阪の道具屋に
連れていっていただくことになりました


その際に
建築家の先生から
まもなく完成する茶室の竣工写真のことを
聞いていたことをふと思いだし
写真撮影をお願いできないかとおたずねしてみました

すると
知人のフォトグラファーがいるからと
ご紹介いただきました
それが
桑島薫さんだったのです


2019/9/20
京都美術倶楽部でJ氏と再々会した
ちょうど1週間後
J氏が桑島さんを連れてきて下さいました


活動的な女性を想像していたのですが
とても控えめな方で少し意外でした


でも
この方に撮影をお願いしてみたいと思いました


2019/10/31
茶室「玄庵」竣工写真撮影

2019/11/6
「玄庵」習礼茶事撮影

2019/11/22
「玄庵」席披き茶事 並びに
「洗心亭」薄茶席 撮影

・・・・・・・・・・・・・・・・・

いくつかの偶然が重ならなければ
彼女と出会うことはなかったと思うと

本当に不思議・・・

そして感謝です *(^人^)*









9




AutoPage最新お知らせ