熊野詣で  聖地


今年のお正月
地元の神社に初詣に歩いて出かけた時から
妙に烏の存在が気になっていました

行く先々で
烏が頭の真上を飛んだり
目の前を横切ったり・・・

時には
車の運転中にも
烏がまるで私を待ち構えているかのように
フロントガラスの前を飛んで
近くの電信柱に止まるのです


その頻度があまりに多いので
今年は夏休みあたりに
八咫烏で知られる熊野大社に
何年かぶりに行ってみようと考えていました


それとは別に
ゴールデンウィークには
名古屋の実家に帰るついでに
滋賀県の温泉に行く予定にしていたのですが・・・


海外に住んでいる息子夫婦が
5月末に帰国すると連絡があったために
滋賀の温泉はその時に息子達と行くことにして

ゴールデンウィークの4月30日から5月1日には
急きょ予定を変更し
気になっていた熊野に行くことにしました


それが
はからずも
平成から令和に変わるという
特別な日の熊野詣でと
相成りました



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八咫烏の導きで・・・

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まずは
熊野那智大社に到着


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大きなおみくじ!


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那智山の信仰の始まりは
神倭磐余彦命(=神武天皇)が
那智の瀧を神として祀られたことに
始まるとありました


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それが
この那智の瀧です



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こちらは
熊野速玉大社

熊野権現御垂迹縁起などの諸書によると
熊野三所大神は
「神倉山」に
最初に降り立ったのだそうです


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こちらが
神倉山のご神体の巨岩
「ゴトビキイワ」


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泊まった温泉宿の売店で
こんなお菓子が売っていました

熊野の聖地で
令和元年の朝を迎えたのも
何かのお導きのように思えてなりません


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そして迎えた
令和元年5月1日の朝


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熊野本宮大社に到着

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御祈祷の申し込みをして
待合室で待っていましたら
今日は結婚式があるので
御祈祷はいつもの拝殿ではなく
本殿でいたしますがよろしいでしょうか?

と聞かれて
よろしいも何も
本殿に入れていだだけるなんて・・・と
内心感激でした

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大鳥居の向こうが「大斎原」(おおゆのはら)です

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熊野本宮大社は
古くは熊野川・音無川・岩田川の合流点にある
この「大斎原」と呼ばれる中洲にあったのだそうです

しかし
明治22年に水害によって
大きな被害を受けたため
現在の場所に遷座したのだそうで

江戸時代までは
川をわたってこちらの場所へと
お参りする人々が列をなしていたようです


境内は写真をとることは
できませんでしたが
聖地として
今もなお大切に守られていました



さて
八咫烏は日本神話において
神武天皇を
大和の橿原まで案内したとされています


今回の熊野詣では
令和元年の御大典に因んで

神武東征の足跡をたどるべく

浪速から熊野そして
吉野を経て大和へ入るという行程にしました


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こちらは
熊野から橿原へ向かう途中
吉野の山里で
偶然立ち寄った
「賀名生(あのう)皇居跡」

600年以上前の南北朝時代に
南朝の行宮(あんぐう)となったという
堀家の屋敷は
ひっそりとした場所に
静かにたたずんでいました

今年の3月より
この家の中で
カフェをオープンしたそうですが

内装も特に手を加えた様子もなく
古い歴史を感じさせる趣があり
品の良い老婦人が
コーヒーとケーキを運んで下さいました
 

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この旅の最後は
神武天皇の即位された
橿原宮で締めくくり
一路枚方に帰って参りました



熊野は
「生きる力をもう一度いただく甦りの地」であり
「新たな出発の地」であると
いただいたパンフレットに書かれていました


烏に導かれて
ゆくりなくも
令和元年の1日に
熊野詣でをさせていただいたことに
あらためて感謝いたします

そして
今回の熊野詣でにより
授かったパワーを信じて

令和時代を
精魂込めて一途に頑張って
生きて参りたいと思います






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