赤目四十八滝  聖地

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週末に
三重県に出かけ
赤目四十八滝に行きました


この場所を訪れたのは
3回目です


1回目は
両親に連れられていった
小学校低学年の頃



「赤目四十八たきに行って」
という作文を書いたことを
覚えています



どんな作文だったのかは
はっきり覚えていませんが
「たきがたくさんありました」
「かぞくでおべんとうをたべました」
みたいなことを
書いたのでしょう


正直に言って
子供の頃は
滝そのものに
何か特別な感動を覚えるということは
なかったように思います



2回目は
結婚後に
やはり両親と共に
妹の家族も一緒に出かけました


当時
まだ幼かった息子たちや姪っ子たちが
元気に走り回っていたのを
思い出します


その時は
滝を見て何か感じたか・・・

自然の美しさを楽しみつつも
にぎやかな幼子たちが
はしゃぎ回ってころびはしないかと
そんなことばかりに
注意を払っていたような気がします


そして3回目

昨日は
昨年結婚した息子夫婦と共にでかけました


前を行く息子たちの後ろ姿を見ながら
若い二人が
これからも幸多かれと祈りつつ
夫のあとをついて歩いていくと

やがて
ゴーッと音が聞こえ

真っ白なしぶきをあげて
流れ込む滝が
目の前に現れました




「ゆく川の流れは絶えずして
しかも
もとの水にあらず」



水しぶきの一つひとつに
目の焦点を合わせると

それは思いのほか
ゆっくりとスローモーションで
滝つぼに向かって落ちてゆきます


それはあたかも

これまでの人生で
絶え間なく起こってきた
数々のできごとのように感じられました



一つひとつの水しぶきは
二度と元には戻らず
川となって容赦なく
下流へと押し流されてゆきます


すべては
過ぎ去ってゆく・・・・


しかし
その一方で

滝そのものは
力強い音をたてて

厳然と存在し
絶えることなく
流れ続けている!


その滝の姿に

私は深いやすらぎを感じました


すべては移りゆく


しかし
すべての出来事は
泡沫(うたかた)である一方で


「私」という存在は

昔も今も
確かにここに在る



私の60年近い人生は
この滝のごとくに存在し


そして
今もまだ
音をたてて流れ続けている


まさに

「動中静あり」



そんなことを思っていると

心の底から
言葉にできないほどの
深い感謝の思いが
沸きあがってくるのを
感じずにはいられませんでした


   
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2015年  愛のメッセージ


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明けまして
おめでとうございます


1年の時間の流れの中で
お正月ほど
人々の心が
同じ一つのことに向く時はないですね



なんだか
皆で一緒になって
大きな波を乗り越えたような
清々しい気分です



今年も
あちこちで御神籤をひきました


うれしいことに
今年はなぜか
どの御神籤にも
穏やかな春の訪れを
暗示させるような言葉が
書かれていました


ありがたいです



今年は
頭で考えるより
自分の感覚に正直になって

自分を慈しみ
そして
人を慈しむ自分でありたいと思います





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今年は
自分あてに
こんな年賀状を書いてみました


今年一年
冷蔵庫の扉にはっておこうと思います




















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