2014年  ひとり言


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新年明けましておめでとうございます

と言いながら
気づけば
2014年が始まって
もう1週間が過ぎました

昨年の暮れから
息つく間もなく
色々な行事をこなしている自分がいて

一つをやり終えたら
それをゆっくり振り返っている時間もないまま
次の段取りを考えて

体もあちこち故障しながら
それでもなんとか
自分なりに
ここまでの予定をクリアできて

今やっと
少しほっとしています



そして
あらためて
今年一年の抱負を考えてみようと思うのですが
実は昨年の暮れから
気になっていた言葉があります


それは
「自由」
という言葉です



14年ほど前
私は「聖なる日常」という本を出版しましたが
そのプロローグに
次のような文章を書きました


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「『見えない世界』に対して心をオープンにしていくことで
私たちは真に自由に生きられるようになる」




この本には
自分自身の体験からの気づきと
本などから学んだことをまとめました

しかし
正直に言いますと

私は見えない世界があることは
受け入れることができましたが

この文章にあるように
それで自分が『真に自由に』生きることができるようになったとは
今をもっても
胸を張って言うことができません

ただ当時は
見えない世界があるのか無いのかという葛藤から
自由になれたことを言いたくて
その文脈の中でこのような表現をしました

ところが
いざ出版されて
本の帯に
この文章が取り出されて
大きな文字で載っているのを見たとき

「真に自由に生きられる」

と堂々と書いてしまった自分に
少し後ろめたさを感じてしまいました 


以来
この本の中で唯一
この部分だけが心にひっかかっていました


もちろん
『自由』という概念には
色々な意味があると思いますが

自分で書いたものの
『真の自由』とは何かがつかめないまま
月日が流れていきました


ところが
昨年の暮れに目にしたある文章を読んで
私は『自由』という言葉の持つ
一つの解答を見つけたような気がしました

それは

「自分の周りの状況を『判断』しないことが『自由』の第一ステップ」


つまり
起こったこと
起きていること
これから起こるかもしれないこと

それが何であろうと

「良い・悪い」


「正しい・間違っている」

と判断しないこと



本当の『自由』とは

自分の価値観から
解放されること


他でもない
自分自身から
『自由』であること


そして
自分の「過去」からも「未来」からも
『自由』であること





それは

「今 ただ存在している」

という

being の状態


そこに

喜びを感じ


そこから

『真の自由』が始まる



今年は

このような状態にいる時間が
少しでも増えるように
一年を過ごしてみたいと思います


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voice 1月号より

「さとりとは 
つきることのない
おとなの最高の
そして最後のエンターテイメントである」


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