唐古・鍵遺跡  聖地


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「出雲と大和  古代国家の原像をたずねて」
(村井康彦 岩波新書)

この本の著者が
邪馬台国の卑弥呼が住んでいたのではないかと
考えている 
「唐古・鍵遺跡」(奈良県磯城郡田原本町)に
行ってきました


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「唐古・鍵遺跡」は
稲作農耕の始まった弥生時代を代表する
環濠集落の跡と言われています

この場所で
約600年間継続したムラは
近畿地方の中核集落と考えられているそうです


村井氏が述べておられるように
ここが卑弥呼王宮があったかどうかは
断定することはできないようなのですが
この場所に2000年ほど前に
人々が住んで生活していたことは確実です

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楼閣を描いた土器片
(看板にあった土器の写真を
雨の中撮ったので濡れています)

2層の屋根
渦巻状の棟飾りや
3羽の鳥(逆S状の線)が
描かれています



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楼閣を描いた絵画土器に基づいて
復元された楼閣です


東西の欄干にそれぞれ
土器に描かれた3羽の鳥が見られます


実は
ここへ出かけた昨日の朝のことですが

家の玄関の前の電線に
3羽の鳩が

まるで”おしくらまんじゅう”でも
しているかのように
互いによりそってとまっていました


鳩を見かけることは
別段珍しいことではないのですが
三羽がぴたりとよりそって
とまっている様子が
あまり見慣れない光景だったので
夫と二人で
あの鳩たち何をしているんだろうね・・・と
しばらく見ていたのです


そんなことがあったので
土器に描かれた三羽の鳥を見た時には
なんだか不思議な気持ちになりました


この土器の実物は
唐古・鍵考古学ミュージアム↓に
展示してありました

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7

奇妙な数字・・・続き  ひとり言

今日は車で美容院へ行きました

片道15分ほどの距離です

昨日”2222”と”3333”の車を見た
その同じ場所で
なんと今日は
4444”の車とすれ違いました

その後すぐに
9999”の車を見て
美容院に着く直前に”5555”の車

車から降りると
目の前の看板かかれたどこかの電話番号が
3333

帰り道には
ダメ押しするかのように
4444”の車と再びすれ違いました


本当にこんなことが起こる確率って
どれくらいあるのでしょうか???


なんだか
少し不思議なことが周りに起こり始めているような・・・

なんとなく
わくわくしてきましたよ

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奇妙な数字  ひとり言

昨日のことです

車に乗っていたら
対向車線を向こう側から”2222”の車が走って来たと思ったら
そのすぐ後ろに”3333”の車が続いて走ってきました

次に”4444”は来なかったのですが・・・
そのまま走っていたら
ふと気づくと
すぐ目の前を走っている車が”8888

その瞬間
対向車線をこちらに向かって走ってきた”8888”の車とすれ違い・・・


へ〜  こんなこともあるんだ・・・

と思いながら
交差点の赤信号で停止したら
横断歩道を歩いている人のかばんに
大きくという数字が
ピカピカ光って書いてあって
はあ〜!?
驚きました!


いったい
どういうことでしょうか?

ちなみに
西暦238年をウィキペディアで検索してみましたが
あまりぴんときませんし・・・


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甲信地方へ・・・時を超えた旅  聖地


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8月10日から17日まで
甲信地方を旅してきました

そもそも今回の旅は
美術館巡りが好きな夫の希望で
長野と山梨にある美術館を
色々廻ることを主な目的にして計画し
1週間で30余りの美術館を訪れました


しかし
私にとっては
旅先でいくつかの
思いがけない出会いがあり
やはり
何か意味があって
この地に導かれたのかなあと
いう気がしています


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8月11日
夕方
アルプス安曇野公園で
縄文時代の「山の神遺跡」に遭遇

現在は芝生の下に埋め戻されていますが
約8000年ほど前
この場所には
30人ほどのムラがあったのだそうです

一番上の写真は
この遺跡に立って見上げた時の
空の様子です

8000年前の人々も
この同じ空を見ていたのかしらと
思いながら
遠い古代の記憶を探るように
しばらく空を見つめていました



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8月12日
木崎湖畔では
西丸震哉記念館を中心に
「原始感覚美術祭」というイベントが
行われていました

食生態学者であり探検家でもあった西丸氏は
昨年の5月24日に
88歳で亡くなられたそうです


ご命日が私たち夫婦にとっては
結婚記念日の日であり
何か因縁を感じて
氏の一周忌である2013年5月24日発行の記念誌を
一冊買いました

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「西丸震哉 原始感覚の世界」
(西丸震哉記念館)




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8月13日
泊まったホテルのすぐ近くに
善光寺さんがあり
朝一番にお参りしました

善光寺さんには
子供の頃
祖母や両親や親戚の人たちと一緒に
一度だけ行った記憶があります


その時買ってもらった絵本を
繰り返し読んでいたことだけは
なぜか鮮明に覚えています


幼かった頃の遠い記憶が
よみがえるような気持ちがしました



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8月14日
前夜は諏訪湖畔に宿をとり
早朝に御柱祭で有名な
諏訪大社にお参りに行きました

諏訪大社は
全部で上社・下社など4つの境内からなりますが
その特徴は
本殿と呼ばれる建物がなく
代りに秋宮は一位の木を
春宮は杉の木を御神木とし
上社は御山を御神体として拝しているそうです

古代の神社には社殿がなかったと言われ
諏訪大社はその古くからの姿を残しているのだそうです


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万治の石仏

諏訪大社下社春宮の横にある石仏で
不思議な言い伝えのある仏様です

この仏様にはお参りの仕方があって
まず「よろず治まりますように」と念じて
時計回りに3回石仏の周りをまわり
最後に「よろず治まりました」と一礼するのです


私たちだけでなく
大勢の人たちが次々にやってきて
石仏の周りをぐるぐるまわっていました

皆それぞれの「よろず」が治まることを念じながら・・・

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8月15日
前夜は八ヶ岳に泊まり
早朝の散歩に出かけましたら
歩いて30分ほどのところに
「身曾岐神社」という
古神道のお宮がありました

「みそぎ」とはきれいになることです

朝日の差し込む清々しい境内に足を踏み入れ
今生だけでなく
過去生においても
これまで私が知らず知らずのうちに犯した過ち全てを
きれいに祓い清めて下さいますようにと
手を合わせ祈りました


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8月16日
訪れた八ヶ岳美術館は
原村歴史民俗資料館と一体となっていて
八ヶ岳山麓で発掘された
3000年〜6000年ほど前の縄文土器が展示されていました

縄文時代のことを
もう少し詳しく知りたくなり
本を一冊買いました

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「縄文土器ガイドブック」
(新泉社)


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飯田市美術博物館では
菱田春草の企画展が夫のお目当てだったのですが

その他にも
伊那谷の
旧石器時代から現代にいたる
歴史と民俗に関する資料が展示されていて

あらためてこの地域に数千年以上前から
人間の営みがあったことを
実感することができました


余談ですが
この日
少しおもしろい偶然がありました


菱田春草の日本画を鑑賞した飯田市美術博物館で
「なんでもかんでもカタツムリ!」という企画展が
催されていたので
何となく面白そうだと思ってその企画展も見ました

その後 宿について
案内されたお部屋がなんと!
「蝸牛」(カタツムリ)という名のお部屋でした

この宿には能舞台があって
部屋の名前はそれぞれ狂言の演目からとって
つけられているそうで
「蝸牛」もその一つでした


この偶然には
何か意味があるのでしょうか・・・・?


そういえば
西丸震哉氏の本によれば
原始の人々はヘビやカエル カタツムリやバッタなどを
食べていたと言います

カタツムリは現代人でも食べるくらいですから
原始の人たちにとっては
とてもおいしいごちそうだったのかもしれません

もしかしたらこれは
原始時代の人たちの
時を超えたおもてなしなのかなと
ふと思いました


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「蝸牛」のお部屋の飾り物


この日の晩
宿の能舞台で障遣願舞(さやりがんまい)「宇津神楽」という
珍しいお神楽が演じられました


ユーチューブで「宇津神楽」を見つけましたので
よかったらご覧ください↓





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8月17日
昼神温泉郷では
早朝より朝市が開かれていました

朝市に出かけたついでに
近くの阿智神社まで散歩に出かけました 



古事記によれば
岩戸隠れの際
天照大神を岩戸の外に連れ出す智慧をさずけたという

天八意思兼命(あめのやこころおもいかねのみこと)が
祀られているそうです


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8日間の旅を終え
夕刻に琵琶湖まで帰ってきました

美しい
夕照を眺めながら
旅の最後の食事をいただきました

輝きながら沈んでゆく太陽を見ていたら
おてんとうさまに導かれながら
数千年の時を旅してきたような
そんな感覚に包まれました



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せつない星  ひとり言


先日読んだ本
「問題は解決するな」(Kan.著 voice)に
書いてあった

「地球は せつない星だと知る」

という言葉が 心に響いています



(以下 抜粋)

そもそも、地球という星自体が幸せな星ではなく
どこから見てもせつない星ですから
そこに生きる人間も少し自信がないくらいでちょうどいいのです。
・・・・・(中略)

どんなに愛し合ったとしても、いつかは必ず別れなければなりません。
どんなに美しい瞬間があったとしても、それは必ず失われてしまいます。
また、正しい者が必ず報われるとは限りません。
何より、どんなに幸せな人生だったとしても、誰もが必ず
この星を去っていかなければなりません。
・・・・・(中略)

幸せな瞬間と、身を切るような別れ。
誰もが等しく、その二つを体験します。
・・・・・(中略)

であれば、このせつない星で生きる限られた時間に、
出会いと別れ、
幸せとせつない時間の両方を思い切り味わいつくせばいい。

それが、生きるということです。

(抜粋 ここまで)


この前の日曜日
大学時代の友人と30年ぶりに再会した日
名古屋の実家に一晩泊まってきました


夜遅く日付が変わるころまで
あれこれととりとめのないことを
楽しげに話し続ける81歳の母


自分が畑でつくった野菜を持って帰りなさいと
同じ言葉を何度も繰り返す父


帰る時
日傘をさしてバス停まで見送ってくれた母は
小さい子供にでも言うように
「暑いから日陰を歩いて行きなさいよ」と・・・


「じゃあ 気をつけて・・・」
と母に手を振り
バスに乗りこんで
座席に腰をおろした私は

寂しさと
ほっとした気持ちの
入り混じった
複雑な思いがこみあげてきて
なんだかせつなくなってしまいました


その数日後
お正月以来顔を見せていなかった息子が
帰省しました

昨夜は
親子三人で
石清水八幡宮の夜間特別拝観に行ってきました




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とても幻想的でした

久しぶりの息子とのお出かけで
私の気持ちはいつになく
華やいでいたような気がします


そんな幸せな時間もあっという間に過ぎ
今朝早く
息子は帰っていきました


車で駅まで送り
人ごみの中に帰っていく息子の姿を見ると
またまたせつなくなってしまいました



今 パソコンの前で
ここまで書いていたら
突然鳩の声が聞こえました


窓の外を見ると
木の枝に一羽の鳩が
とまっていました

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昨夜訪れた石清水八幡宮で
宮司さんが
石清水八幡宮では
鳩が神様のお使いとして崇められていると
お話下さったことを思い出しました



なんだか
石清水八幡宮の神様が
私の心を慰めに舞い降りて来てくださったような気がして
鳩の姿にそっと手を合わせました



Kan.さんの本に書かれていたように
せつないということは
それだけ幸せな瞬間があったということですものね


せつなさを無理に乗り越えようとしなくても
いいのですね・・・


はい


せつなさを味わうことのできる幸せを
思い切り味わうことにいたします


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どうやらアセンションしたみたいですよ  愛のメッセージ


アセンション(次元上昇)が
起こると言われていた2013年が始まり
半年が過ぎたころ

本当に地球は「アセンション」したのかしらん?
という思いが頭をよぎりました

周りを見回しても
何も変わらないどころか
ニュースを見れば
耳をおおいたくなるような話題が
次々に報道されている現実

アセンションの意味が
私自身の魂の上昇であったとしても
数年前の私よりは
少しましにはなっているかもしれないけれど
2013年になってからは
特に何も変わっていない・・・


そんなことを考えて過ごしていたら
13の月の暦が最後の1週間を残して
1年を終えようとしていた
13の月の22日(グレゴリオ暦7月18日)

久々に自分の波動がドンと下がるような
出来事に出合い
その状態からなかなか抜け出せずにいました


そんな中
この本に出会いました

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「問題は解決するな」
(Kan.著 voice)

「毎日が矛盾いっぱいだったら
人生が順調にいっている証拠!」

「起きていることを
味わいつくすと
『問題』は消えていく」


帯にも書かれている
こういった言葉にももちろん癒されましたが
私を大きく揺り動かしたのは


「人間には真逆のものが同居している」

「私たちはもともと
矛盾した世の中に生きる
矛盾した存在なのです

だから 問題は起きて当たり前

解決しようとしなくていい

ただ 生きるだけでいいのです」

というメッセージでした


次に
同じ著者のこの本を読みました


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「時空を超えて生きる 潜象界と現象界をつなぐ」
(Kan.著 ナチュラルスピリット)

この本のエピローグに書かれていた
マザーテレサの最期のエピソードを読んだ時
私は

「物事には全て
その内側に真逆のものが存在している」

という事実がストンと腑に落ちました


この世は
太極図が表すように

真逆のものが内在しているからこそ

永遠に循環しながら
存在し続けることができるのだということに
あらためて気づかされました



そして
自分の中にも
自分の気づかない
真逆のものが存在している
ということを受け入れた時

今までどうしても解けなかった謎が
スルスルと解けたような気がしました



そして次に
この本に出会いました



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「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」
(雲 黒斎著 サンマーク出版)

この本の第9章 アセンション後の新世界

を読み
私は本当に「アセンション」が起こったのだということを
ようやく確信し 認めることができました



ここでは
その一部のみ紹介させていただきます


(以下 抜粋)

「アセンション後の新世界」は、人間それぞれの意識が
「キャラクター」から「プレイヤー」に切り替わっている世界だ。

意識のシフトが起こったあとも、
実は目に見える世界そのものに変化はない。

それまでどおりの世界が目の前にある。

そこで諸問題がなくなっていることもない。

想定外のハプニングも相変わらずやってくる。

ただ、それにかかわる「自分」の側に変化があるんだ。

「プレイヤー」という俯瞰の視点を得たことによって、
「深刻さ」の中に埋没することがなくなる。 ・・・


(この続きは 是非 本を手に取って読んでみてください)


 
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マヤ暦を元にした
13の月の暦の新年が始まり
1週間がたった今
ようやく
私は「アセンション」が起こったことを
認めつつあります


そう思うと
これまでの色々なゴタゴタや悩みや
人との出会い 別れ すべてが
いとおしい宝物に感じられます

雲さんの本にもあるように

これからも色々な波はやってくるだろうけれど
波乗りを楽しむ「プレイヤー」として
この人生を
わくわくドキドキしながら
味わっていきたいと思いますサーフィン



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(おまけ)



「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」より抜粋


第1ステージで活用されたモチベーションは「3G 」。

それは「義務」「犠牲」「我慢」の三つ。


それが第2ステージでは「LTE」に切り替わる。

これは「LOVE(愛)」 「 THANKS(感謝)」 「ENJOY(楽しむ・味わう)」の三つ。

通信業界だけでなく、精神世界においても

「時代は、3GからLTE」へ移行していく。

(以上 「もっとあの世で聞いた、この世の仕組み」p.174より )
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