映画を見るように  愛のメッセージ

映画やテレビドラマを見ていて
それが
映画やドラマとわかっていても
登場人物と同じように

うれしくなったり
悲しくなったりして
時には
涙があふれてくることもありますよね

たとえそれが大悲劇であっても
2時間ほどで終わることがわかっているから
どんなに涙が流れても
どこか冷静な自分がいて
見終わった途端
気分を変えて笑顔を取り戻すことができます

「いい映画だったね・・・
じゃ 次はおいしいもの食べにいこう!」



私たちが人生を生きているのも
ひょっとしたら
一つの映画を見ているようなものかもしれないと
思ったことはありませんか


それが
何十年も続く「長編映画」なので
私たちは
それが映画であることをすっかり忘れて
どっぷりとその世界に入り込んでいるのかもしれないと
想像してみてください


その映画の中で
私たちは皆
それぞれの役柄を
大真面目になって演じています


ある時は悲劇を
そして
ある時は喜劇を


悲劇なら
悲劇のヒロインを
思い切り演じてみるのも
いいかもしれません


ただし
悲劇の中でたくましく生きるヒロインか
ただただ可愛そうな哀れなヒロインか
どう演じるかは自由です


それは
自分で「選択」したらよいのです


演じ方しだいでは
悲劇を喜劇に変えることだって
できるかもしれません

忘れていけないのは
それがどのようなストーリーであっても
その映画の主人公は
他の誰でもない
自分自身である
ということです


あなたが「主人公」の今日の映画の一コマ


どのように演じますか?


今日は
梅雨の晴れ間

とても清々しい青空が広がっています


どんなドラマが始まるのでしょう・・・











5

もしも悩みがなかったら  ひとり言

今日
ピアノの生徒さんとお話をしていて
ふと思った

もし
悩みが一つもなかったら
人はどうやって成長できるのだろう

なにもかもが
満たされていたとしたら

なにもかもが
思い通りになっていたとしたら



それでも
成長できる人は素晴らしいと思う


でも
やはり
何か自分にとって
抵抗となるような何かがあって
初めて
私たちは自分とは
どんな存在なのか
気づくことができる



こんなことに腹がたつ自分
こんなことが苦しい自分
こんなことをなんとかしたい自分


そんな悩みのある自分だからこそ
がんばれる


もちろん
楽しいことや
うれしいことも人生には必要です

でも
それだけでは
まるで
ふわふわした雲の上を歩いているみたいで
なかなか前に進めない


私の人生の”悩み”さん


私を成長させてくれて

ありがとう!!



5

昨日の我に飽きたり  愛のメッセージ


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今日は
家から車で10分ほどのところにある
八幡市の石清水八幡宮の
献茶式に出かけました

参道に
このようなメッセージがありました↓

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「昨日の我に飽きたり」


なんだか
胸にグッと響いてきました


過去のしがらみは
きれいさっぱり捨て去って
新しい自分にどんどん変わっていきなさい

それでいいんだ!!


そんな風に力強く言われたような気がしました



実は今日 偶然 
以前にうちの稽古場に来られていた方に出会いました
(偶然は必然ですが・・・)

その方が稽古場を去っていった日
言おうと思いつつ言えなかったことを
やんわりとですが
今日お伝えすることができました


もっとも
その人に
その言葉の真意が伝わったかどうか
わかりませんでしたが
私自身は心がスッと軽くなりました



そのことが言えたのは
このメッセージが
あったおかげかもしれません


また
その方とは別に
以前にお世話になっていた稽古場のI先生とも
久しぶりにお目にかかりました


過去のわだかまりはいつしか解け去り
先生とにこやかにお話させていただける
今日があることも
感謝です(^人^)


新しい自分


それは
私にとって
昨日までの私よりも
少しわがままな自分

自分の心に素直な自分


そんな子供のような自分に
還りつつあるような気がしています



7

天川(天河)で感じたこと  ひとり言

私が初めて天川村の
天河神社(天河大弁財天社)を訪れたのは
今から15年前でした

まだ
パワースポットという言葉が
今ほどポピュラーではなかった頃です

いくつかの不思議な偶然が
私を天河に導いてくれました


その日は
行ってみたらちょうど
火渡りの神事が行われていて
目を白黒させながら見ていたことを
思い出します


久しぶりに訪れた昨日も
たまたまお田植え祭が行われていて
早乙女衣装に身を包んだ
大勢の早乙女さんたちや
龍舞の高校生たちが集まり
とても賑やかでした


私は
日傘を差して
田んぼの脇の地面に腰をおろし
田んぼの水の上を
スイスイと歩くアメンボーや
風でそよそよとなびく
柔らかな稲の苗をぼんやりと眺めていました


宮司さんが
「今日は一粒万倍日です」とおっしゃっていました


一粒の米から
新しい芽が出て育った苗が
田んぼ一面に植えられていく様子を見ていると
さまざまな思いが浮かんできました


何かが新しく始まる予感

循環しながら永遠に続いてゆく命

空 大峯山系の山々 風  田んぼのアメンボー
稲の苗  そこに集う人々・・・
そういったすべてが調和している世界  




天河神社では
ここにまたやって来れたことを感謝し
なぜ 今またここに導かれたのか
その訳を示してくださるよう
祈りました



御神籤には
「桃ノ實ヲ黄泉ツ軍ニ投ゲ撃チテ
本ツ御国ニ還ラセリ来ル」
と書かれていました


古事記で
伊邪那岐尊(イザナギノミコト)が
黄泉の国から帰ってきた時の場面です

黄泉がえり・・・





今回
天川に行くまでは
どうも体調が思わしくありませんでした

気候のせいかと思っていました

しかし
天川の八幡様のところで
樹齢何百年かと思われる杉の木にもたれ
荷物を下に置いて
全身を杉の木に預けて目をつむっていたら
急に体が楽になりました

まるで
背骨のあたりにあった重たい塊が
体からすうっと抜けていったような感じでした

そして
天川という場所のエネルギーに触れたことで
新たなエネルギーが注入されたような気がしています


5

天川へ行ってきました  幸せ話


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天河神社には5年ぶりに訪れました

到着すると
大勢の人々が集まっていました

「おんだ祭」(お田植え祭)の行われる日だったのです

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大峯山龍泉寺


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八幡宮


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モノレールのトロッコ列車で
面不動鍾乳洞へ


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泉の森

ここにとてもおいしい湧水があり
ペットボトルにいただいて帰りました

また ここでは
天川の水晶やガーネットを売っていました


私は初めて天川に来た時からずっと
天川の水晶が欲しいと思っていました

今日
ようやく天川の水晶に
巡り合うことができました


4

明後日天河神社に行ってきます  幸せ話

今日は33回目の結婚記念日です

とはいえ
夫はここ数日出張で家にいません

それでも
おだやかに33度目の結婚記念日を
迎えることができるということは
幸せなことだと
感謝しています


ところで
明後日 久しぶりに天河神社に行ってきます


私が初めて天河神社にでかけたのは
今から15年前の10月5日でした

ガイアシンフォニーという龍村監督の映画を見た
その一か月後に
いくつかの偶然に導かれて訪れたその日は
火渡りの神事が行われていました


その後
私は一冊の本「聖なる日常」を出版し
天河神社に奉納しました

それから
私の人生に色々なことがありました

思いがけなく茶道教室を開くことになったのも
思えば天河神社を訪れた後の出来事でした


その後
思い立った時にふらりと
天河を訪れていましたが
ここ数年は
天河神社のことを思いだすこともなく
訪れてもいませんでした


ところが
今年に入ってから
妙に天河神社のことが気になりだして
近いうちにまた行きたいと思っていました


そしたら なんと
先日明日香村のツァーを企画してくださった
モーリン公美子さんから
女神の謎解きリーディング・ツアー【天河神社コース】の
案内メールが送られてきたのです


実はその日は
他に二つの行事の案内が来ていた日なのですが
自分の魂(心の声・インナーヴォイス)が
天河にいくことを望んでいると感ずるので
他の行事をキャンセルして
天河行きを選択することにしました


いつもそうなのですが
そうやって自分の直観・素直な気持ち・流れみたいなもの
に従ってゆくと
その旅先で少し特別な体験をしたり

そこから帰ってから後に
いくつかの不思議な出来事がおこったりして
人生の新たなステージが
開かれてゆくように感じます

今回も
天河に呼ばれているような気がします

楽しみにでかけて参ります





3

「なんでもあり」をゆるす  ひとり言

ゴールデンウィークに旅行に出かけたとき
新幹線に乗る直前に
京都駅構内の書店で手にとった本が

「瓢鮎図」の謎―国宝再読ひょうたんなまずをめぐって


この本を手にとった というのも
きっと何か
そんな流れの中で
出会うべくして出会った
ということなのだろうと
思っている

不条理なこと

それを
あるがまま受け入れることが
できた瞬間
世界には
とんでもない変化がおこることがある


そんなことを
漠然と教えられながら
「瓢鮎図」と
向き合えたことが
妙にうれしかった


その後
ある人の悩み話を聞いていて

「このできごとから
自分は何を学ぶべきなのか わからなくなった」

と言われて ふと

「『自分ではどうしようもないことを
そのまま受け入れる
っていうこと』じゃないでしょうか」

という言葉が口からこぼれた

彼女が
その言葉に涙するのを見て
私は
きっとこれは
ある意味「悟り」の体験ではないかと思った



一昨日
出かける間際にふと手にとった情報誌にあった

「喜多見龍一のワークショップ」の記事から

「『なんでもあり』の世界観」より・・・・
(以下引用)



「人はそれぞれ
『ものごとはこうありたい』という
好み こだわりを持っている

そのこと自体はきわめて自然なことで
別に悪いわけではないが


私たちは ものの見方に必ずバイアスがかかっている

私たちが直面する『トラブル』とは
ほとんどが この
『バイアスがかかった自分の見方と
相手の見方の違い』によるものだ


人生のコントロールの仕方で一番「高級」なのは
自分のまわりの状況を自分の好みの方向に
直接いじろうとせず
それをまったく「自由に」させておいて
「状況の方が なぜか勝手に
自分に最適な方向に調整されてしまう」ことなのかもしれない
(引用ここまで)



一昨日泊まったホテルで
なにげなく選んでみたのが
『ぐるりのこと』というドラマ

意外に重たいドラマだった

主人公は
何事も「ちゃんとしたい」と思って
ぎりぎりまでがんばっているのに
「ちゃんとできない」現実がつきつけられ
次第に心が追い詰められてゆく


見終わって気づいたが
結局この2時間半のドラマが
伝えていたのは

一見不条理の
「なんでもあり」のこの世界を
あるがままにゆるし
受け入れた時に訪れる
平安・穏やかさ
そして
全く予想外の「幸せな現実」だった





たまたま手に取った本
たまたま見たドラマ
たまたま起きた出来事
そんなことが
すべて
リンクして
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ありがとうございます







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