BIRTHMARKの練習スタジオの「廣瀬スタジオDX」にお世話になって、どれくらいなんだろうか。28年間かな〜?約30年ってことか。たぶんね。
で、突然ですが!その練習スタジオを来月出ることに成りました。オーナーの、廣瀬さんのお父さんお母さんには、大変お世話に成りました。もう、色々あったのよ。ありがとうの気持ち、書き切れないっす。
今回、なぜに出るのかと。簡単に説明いたします。
「お母さんの、スタジオの維持管理によって生じる負担を無くすため」
という事かな。簡単に言いますれば。あ、その負担とはをご紹介いたします。
夏場の除湿機の管理と冬場の駐車場の雪かき。
これが〜、この二つが〜、お母さんの体力的、そして、経済的にストレスになって来ているのであります。
9月24日、数え唄8の日に積み込みに行った時に、お母さんからその2つの事で相談が有ると言われ、今回の「さようなら廣瀬スタジオDX」になったのであります。
俺達にとっては、正直な所残念ではありましたが、冷静に考えれば、今まで使い放題的に自由気ままに爆音を出せたのって、普通だったらあり得なかったよねと思いました。なぜって、廣瀬さんが数年前にBIRTHMARKを抜けた時点で、本当は出て行かなくてはいけなかったと思ったからです。実際覚悟もしました。
自分の息子の趣味で始めたバンドの練習用であったわけですしね。そのメンバーだったこその話で、それが居なくなったんなら貸す必要はないよね。だって、もう関係ないんだもん。そして、数年前に広瀬さんが亡くなった時。お父さんが亡くなった時。この話が出てもおかしくはなかったはずですわ。
「音が聞こえなくなると、寂しいからね〜。使ってくんない。」
と、言われて現在まで使わせていただいていました。
本当に今までどうもありがとうございました。広瀬さんの命日には、今まで通りお参りにお邪魔いたします。また、いつかは、ライブに遊びに来てほしいですね。誘ってみよう。
では!これからどうすんのよー!ですよね。
ありがたいことにですね〜、実は新しい場所が見つかったんですよ。これがまた奇跡ではなかろうかってね。いや〜〜持つべきものは、ポール・スタンレーモドキだね。な〜〜〜んて。
実は、上原さんの会社の倉庫に引っ越すのです。はい。
そのことについては、また引っ越しが完了したらの心だー!
ご安全に〜〜〜〜〜。

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