だんだん山の中へ入っていく。ああ懐かしのシドメン。ここに来たのはいつだっけ。1年前?
「淋しいとこだなあ」マデがつぶやく。「レストランも無いね」
「うん、夜は真っ暗だろうね」
しかしああ、この川のせせらぎ、鳥の声がたまらない。
「reiko、何かあったらいつでも電話してきて。アメッド行くならトランスポートするよ」
「うん、ありがと。じゃあね!」
着いたのは早かったが部屋へ入れてくれた。
「reikoよ、よろしく」
「コマンです」
キラキラした目の大きな青年スタッフだ。
「まだ掃除できてないんです。もう一人のスタッフがガルンガンで帰ってるんで」
と笑顔を見せ、すぐに掃除にとりかかってくれた、というかちっとも汚れていないキチンとした美しい部屋だ。
キビキビ動きながら「昼食は?」とか、きめ細やかに訊いてくれる。
「ブンクス買ったから」
ウェルカム・ドリンクまであって、なんだか嬉しいのだ。周りの清涼な空気、ずっとここにいても飽きないんじゃないかと思った。
「あなたも瞑想が好き?」
「はい、朝と夕、2回瞑想します」
ほんとにここは瞑想にぴったりの所だ。私も瞑想するとしよう。
私の予約した部屋は2室続きの建物だったが、隣りは空室だった。ラッキー。だってマンディ・ルームは共用だったから。隣りの部屋に続くドアを押すとキーは開いていた。こういうところがいいんだよね、客を信頼している。
夕食はゴングが3回鳴ったらレストランへ行けばいいとのことだった。
「何時?」
「7時です」
今、雲の切れ間から青空が見え、甲高い鳥の声がした。きっと明日の明け方は天国のようだろう…。眠くなったので少しお昼寝しようかな。シャワーを使うと水圧が弱いのか、すぐ火が消えた。
↑ 瞑想にピッタリの所だ。部屋の前のポーチから。
↑ マンディルームで。着いたばかりだからか、なんか緊張した面持ちだね。
ケータイでアラーム5時にセットしてお昼寝タイム。でもリラックスしているようでやはり初めてのところだからか眠れはしなかった。それでも、だんだんここが自分のお城になってくる。外は霧がかかっているような、山の中という感じ。
ゴングが3回鳴ったが、時計を見るとまだ5時半だった。
(7時じゃなくて、17時半の聞き違いかな?)
と思って外へ出ると、皆下へ向かって行く。スタッフが「スラマッツォーレ」と声を掛けてくれる。彼も階段を下りるところだ。
「夕食は5時半なのね?」
「いや、瞑想だよ」
「あ、そう」
と引き返そうとすると、
「行かないの?」と誘ってくれる。
「行ってもいいの?」
「いいよ!」
私も一緒に降りて、大きな瞑想ルームに入っていった。
部屋は8角形で、直径が10メートルほどあった。板張りで正面に美しい飾りが置かれ、中央には線香が焚いてあった。4人の宿泊客とスタッフ全員なのか、全部で12〜3人くらいがそれぞれ長方形のござの上に、ある人は丸い座布団を敷いて座っていた。その中の西洋人らしいご夫人が「あなたはきょうからね。私はきょうで終わりよ」と声を掛けてくれた。「ええ…」言いながら私もそろそろと歩を進めて、空いているござの上に静かに座った。
ややあってオーナーと思われる男性が静かに入ってきた。大柄だがたいへん柔らかい物腰だ。初めての私を見つけ、視線で挨拶をしてくれた。
「…reikoです。日本から」
「ああ、あなたが…」
それから静かに一連の瞑想が始まった。まずはストレッチのようなことから。私は彼の動きに合わせて体を動かした。手を泳ぐように上から横へ、次は下からすくい上げるように…。ゆっくりゆっくりした動きだ。体をひねったりジャンプしたりもした。途中彼の動きと皆の動きがバラバラになったのを感じたが、とりあえず私はオーナーの動きに従った。
一人の女性に目が留まった。ヨガをしているに違いない。ムダ肉の無い引き締まった体、しかも姿勢が良い。
それから瞑想が始まった。私は以前習ったヴィパッサナー瞑想を思い出しつつ試みたが、頭ではいろんなことを考えてしまう。これが雑念であろう。右足がややしびれてくる。立てなくならないよう少し動かす。
ここはカエルもいっぱい鳴いていてジャスリを思い出す。瞑想は全部で1時間ほどだ。日が落ちて、あたりは次第に闇に包まれる。終わると皆静かに部屋を出た。
ケータイを見るとチュプリスからSMSが入っていた。8時に来て家を見せに連れて行くということだ。やっぱりケータイは便利だな〜。そして、ここNirartaには来るべくして来たという気がする。何が私を導いているのだろう。まだ分からない…。
7時を過ぎても夕食のゴングが鳴らない。雨が降ってきた。とりあえず降りて行くと女性に呼び止められた。そのやさしげな声の掛け方がとても私を歓迎しているように感じたので「こちらのオーナーの方ですか?」と訊いてみた。
「いいえ、コースに参加しに来ているの」
ここでは自分の心を深く見つめて解放する勉強会のようなコースがいろいろ行われている。オーナーのピーターはイギリス人で、いろんな国へコーチングのため出かけている。先日はロシアへ行っていたそうで、そこから予約の返事を送ってくれたらしい(そのメールは届かなかった)。
声を掛けてくれた女性は、例のヨガをしている女性に違いなかった。雨具で全身すっぽり包んでいたが、なんとなくそう思った。
「困ってる人たちをサポートする仕事をしているの。そのためにここへ勉強に来ているのよ」
「素晴らしいですね!」
彼女はとてもフレンドリーだ。ここへ来る人はきっとみんなこんな感じなんだろうな。レストランへ入ると、一つのテーブルに皆の分のセッティングがされていた。
「みんなで食べるのね」
一緒にテーブルにつく。
「ヨガをしていると病気になんかならないでしょ?」
「いや〜、ときにはなるわよ。でも年に一回くらいかな。よい食べ物をとることね」
そう言って、彼女はサラダに持参のクランベリーをかけた。
「あなたもどうぞ」
「ありがとう、いただくわ」
次に来た女性に「どちらから?」と訊くと「ジョージア」。そうか、アメリカ人はアメリカからとは言わないのね。それからもうひとりのアメリカ人、あしたは帰るというバーブラ、美しい人だ。そして最後は、瞑想のときバーブラの横にいて娘かなと思った小柄な女性、ジャワかららしい。みんな英語ペラペラで、なごやかに談笑しながらディナーが始まった。オーナー夫妻のピーターとダユも加わって、テーブルを大きく広げて皆で囲んだ。
私はピーターの隣の席だったので訊いてみた。
「瞑想のとき、私いろいろ考えが浮かんでしまうんですけど、かまわないですか?」
「考え?」
「瞑想のときは心をカラッポにしなきゃいけないんでしょう?」
するとピーターは意外な返事をした。
「考えをなくしてしまったらバカになるだけだよ。心をカラッポにする必要なんてないさ。そしたら一体どこで感じればいいんだい?」
「そうなんですか? 何も考えちゃいけないんだと思ってました」
「自分を強いちゃだめだよ」
なるほど〜。〜すべき、べきでないといういうのを取り払うのと同じか〜。でもヴィパッサナとは少し違うな。それよりずっとリラックスできるやり方かもしれない。
食事はセルフでいくらでもおかわりすることができる。ナシゴレン(インドネシア風焼き飯)とオムレツとチャプチャイにエビせん。前菜にはニンジンやアボカドその他の細切りサラダ(ドレッシングかけ)が出た。
なごやかなディナー、とてもゆっくり進んでいく。8時にチュプリスが迎えに来ると連絡をくれていたが、時間的にこりゃぶつかるなと思いきや、ケータイが鳴った。
「皆でディナー中なの。ちょっと待ってて」
するとチュプリスのお兄さんの姿がレストランの入り口に見えた。彼も一緒に来てくれたんだ。ちっとも変わってなかった。彼のそばまで行って「ごめんね、ちょっと待っててね」と告げて席に戻った。
「友達が迎えに来たの。急いで食べなきゃ」
するとそれを聞いたピーターは、ヤレヤレといったような表情を見せた。「落ち着きなさい」とゼスチャーで示す。それで、私も肩の力を抜いてゆったり食事することができた。
そのあとデザートがあるような雰囲気だったが、やはり迎えが気になる私は皆に挨拶して席を立った。するとディズニー映画「ポカホンタス」のヒロインをイメージさせるエキゾチックな女性が追いかけてきて「デザート、部屋へお持ちしましょうか?」と訊いてくれた。デザートと聞いて心が動いた。
「デザート?」
「きょうはプリンのようよ。それとコーヒーか何か…」
「でもいつ帰るか分からないし」
「?」
「部屋にいなかったらもういいわ」
「ああ、外出するのね」
英語とインドネシア語混ぜ混ぜで話した。ピーターもそのほうが通じると思ったのか、私にはインドネシア語で話しかける。ネイティブの人の英語は聞き取りが難しいのだ。かといってインドネシア語もまだよくわからないが。
雨の中、傘をさして暗いエントランスへ行くと、3人の人影があった。

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