ライターとは、何か?
精神論である。僕は精神論を否定しない。最終的には精神論なのだ。いいや、哲学と言えよう。結局、自分の中での観念の問題である。食べられるのがライターか?自立できているのがライターか?一般の人には、わかりやすいが、ただ、書くことを前提にしたライターには、そんなことはどうでもいい。
読ませることを前提にし、自分の思うことをストレートに、自分の視点で書く。それの多くに対して「受け売り」だといわれても、そうしたことはさほど問題ない。そして、何よりも大切なのは、書き続けることなのだ。あくまで、自分の言葉で、あくまで、自分の書きたいことを、忠実にストレートに。僕らは、縛られることもなければ、誰かに遠慮することもない。思考や議論を深める必要はあっても、誹謗中傷に対して、いちいちコメントする必要もない。特にネットでの匿名性に関しては、あまり、受け止める必要もなく、匿名での書き込みを重視する必要などない。
公の媒体では、なかなか自分の言いたいことも書けず、文体すら、言葉すら、自分のスタイルでは書けない。つまりは、あれはもう、書く人の仕事でもなく、どうしても自分が書かねばいけないというものでもない。便利で、使いやすい人ほど、重宝がられる。しかし、重宝がられても、別に金銭的なものが増すわけでもない。むしろ、どんどん仕事は非人道的になる。リスペクトもない。そりゃそうだ、個性などいらないのだから。
でも、本来、人が読みたいのは、生きた言葉である。書き手のストレートな感動である。そんなベースを失ったメディアは、必ず、いらなくなる。まやかしものは、毒にしかならないのだから。

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