と思うのは、“任天堂を受け入れる事ができるようになったこと”、ですね。
というのは、若い頃は任天堂のやり方が許せなかったんですわ。
特にビデオゲーム関連ですが、
自分トコが小さい時はブレイクアウト(ブロック崩し)のコピー品だの、インベーダーのゾロ品(多少構成を変えていて、それについて実用新案登録をしていましました。)だのを作っていました。
その時期にNHKで製作された番組において当時の任天堂の社長、山内氏は『(インベーダーみたいなものが出てきたら)独占するのではなく、業界でそれを使うようにすべきだ』みたいな、あんま権利だのなんだの言わないで他の業者にも作らせろよ、というニュアンスの発言をしているのです。が、自分トコの“ドンキーコング”が売れ出したらFBIまで動員してテッテー的にコピーを排除していきました。
で、後のファミコンなどのコンシューマでのソフトの管理などに繋がるのですが、このへんがなんとも若い私(特にナムコ派だったこともあり)には、許せるものではありませんでした。が、ま、若い頃は人だって多少ヤンチャしてたり、あのアップルのスティーブジョブスさんとウォズニアックさんも資金を作るためにレッドボックス(アメリカの公衆電話ただ掛け機)を作って売ってた、という話もありますしね。
有間しのぶさんという漫画家さんがネタで
『小学生の頃、アニメのルパン3世を観ていて、フジ子がルパンのお宝を横取りするのは“許せない!”と思っていたけれど、大人になって思うのは女一人が生きていくのはタイヘンで、いつのまにかフジ子を応援するようになってた』
て描いてました。
ま、それに近いトコですねえ。