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2008/7/2
何故か急にオフコースのアルバム「as close as possible」の中に入っている何曲かが聴きたくなってネットで入手した。ついでに、最近、我が家をちょっとリフォームするために部屋の片付けをしている最中に出てきた当時のコンサートのパンフレットも引っ張り出してきた。
コンサートのパンフレットは、ちょうどLPレコードのサイズである。CD化されて、レコードのようなスクラッチノイズは無くなったが、しかし、LPレコードのジャケットや中に入っていた歌詞カードやライナーノーツのような味わいは、今のCDにはない。物には、その大きさでしか表せないサイズがあるように思った。
そういえば、今日(7月2日)付の毎日新聞に中津川フォークジャンボリーの記事がでていた。笠木さんのインタビューも掲載されていた。
もうひとつ紹介を。憲法フォークジャンボリーin岡山に出演された中川五郎さんは、ご本人のブログの中で、フォークジャンボリーについての自分の姿勢を、「自分の歌のことをいっぱい考えさせられた二日間」というタイトルで結構長い文章で書いていらっしゃる(2008年6月3日付)。意外と知られていないが、中川五郎さんは、第1回の中津川フォークジャンボリーに出演されている。中川五郎さんのHPはこちらから。
2008/6/30
関鑑子(せきあきこ、1899年(明治32年)9月8日‐1973年(昭和48年)5月2日)は昭和期の声楽家。本名小野鑑子。
東京出身。東京音楽学校声楽家卒業。 立花ふさ、ハンカ・ぺツォールドに師事し、ソプラノ歌手になったが、大正末期からプロレタリア芸術運動に参加。
1926年(大正15年)、新劇俳優の小野宮吉と結婚。1929年(昭和4年)、プロレタリア音楽家同盟に参画し、初代委員長になる。しかし、この運動は昭和初期に入って弾圧を受け一時消滅。
1948年(昭和23年)、中央合唱団を創立。
1951年(昭和26年)、音楽センター主宰者になって「うたごえ運動」を展開する。この運動は、コーラスによる平和運動として全国に広がり、1954年(昭和29年)には3万人の大集会に発展した。この運動の余波として、東京の新宿を中心に「うたごえ喫茶」、「うたごえ酒場」が隆盛した。
1956年(昭和31年)、国際レーニン平和賞受賞。
1973年(昭和48年)5月2日死去。享年73。妹は、ソプラノ歌手で知られる関種子である。 出典: フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)より
物事を立ち上げることはとても難しい。それを継続していくことも難しい。次の世代へ引き継いでいくことは、もっと難しい。組織として維持していくためには、様々な問題を抱えることになる。しかし、難しいことから逃げていては、何も始まらないし、何も生み出すことが出来ない。自分のやり方を確立することは大切であるが、それに固執すると独善的になる。他の人のやり方を参考にすることは大切だが、その通りにやって自分もうまくいくとは限らない。・・・この頃、いろいろなことを考えながら生活している。
プロの音楽家の仕事の本質について、某所で某氏のお話をうかがった。とても考えさせられた。その話題の中心は、文頭に経歴を記載した故・関鑑子さんのことだった。
私が音楽に目覚めて楽器を弾き始めた頃には、もう他界されていた方であるが、できることなら一度、お話をうかがっておきたかった…と思うような方である。
この夏には、もう一度この写真の場所を訪れるチャンスがありそうなので、ハングルの看板が氾濫する街の飲み屋で一杯飲みながら、関鑑子さんのことを聞いてみたいと思う。
2008/6/29
先日、高石ともやさんの新しいソングブック&CD「巡礼歌集」を購入し、ソングブックを見ながら、CDを聴いてみた。日本のお寺とフォークソング。新しいアプローチであり、改めて気付いたこともたくさんあった。21世紀に生きる私たちの音楽環境は、それこそ何でもアリの種々雑多な文化がミックスされたものが土台となって、音楽を聴いたり、あるいは音楽を作ったりしている。和洋折衷などという一言では片付けられない重要な問題もその中には含まれている。「お寺」イコール「和」かというと、そうとは限らない。仏教の発祥地であるインドや仏教が日本に伝わってくる道のりの途中の地域のことに思いを馳せたり、その歴史に目を向けたり、あるいは「声明(しょうみょう)」という宗教音楽についても、研究してみる必要があるようにも思う。曲や詩を創作する場合、独創的とかオリジナリティとかいうことも必要になってくるが、誰しも、まったく新しいものが突然パッとひらめいて創作できるものではない。バックボーンとなる文化や影響を受けたルーツが必ず存在するはずである。
そういった問題に目を向けて、音階や旋律、旋法について深く研究し、私たちの心の奥底にある言葉とメロディーを結びつけて、「誰でもみんな音の種を持っている」という本を出版した方がいらっしゃる。岡田京子さんである。
実は、2年ほど前に岡田さんの私の住んでいる町にお招きして、学習会とコンサートを開いたことがあり、これを出版物として、まとめておく必要があるなぁと思っていたら、やはり、その仕事をされた方がいらっしゃった。猪俣京子さんである。先を越された!と思ったが、実に良い仕事をされている。
前述の高石さんのソングブックも、三宅誠孝さんという方がいらっしゃって、その方の熱意によって完成した出版物であるといっても過言でないと私は思っている。
出版不況と言われる世の中で、万単位で売れるというような出版物ではないかもしれないが、しかし、本当に重要な事柄を一つの形にして、世の中へ出していく人たちがいることをぜひ多くの方々に知っていただきたい。
まったく話はとぶが、高石さんのソングブックの中で、三宅さんが言及している「タイムドメイン社のスピーカー」は、確かに、他社のスピーカーとは異なる音が出てくる。最上機種は三十数万円するので、とてもすぐには手が出ないが、「ミニ」とか「ライト」という機種ならば、ちょっと奮発すれば入手できる範囲の金額なので、お試しする価値アリ。

先日の某所でのイベントには、全国各地?から駆けつけてくださり、本当にありがとうございました。みなさんとゆっくりお話する時間がなかったのが心残りでしたが、また、どこかでお会いしましょう。ちなみに今年の11月15日(土)は、万難を排して、皆さん方のスケジュールを空けておいていただけると大変嬉しいです。詳細は後日お知らせします。ちなみに、この写真は新潟・関川村の平田ゆかりさんが撮影してくださったステージ上で滅多に見せない私の表情かも。平田さん、ありがとう。もし手が空いたときがあったら、この写真、メールで送って下さると、めっちゃ嬉しいです。私が・・・万が一の時・・・祭壇に飾らせて下さい。
イベントの感想を主催者の方から見せていただき、さまざまな感想があり、最後の曲については賛否両論ありましたが、自分的には楽しかったです。それこそ滅多にステージで演奏することがない曲だったので…。その曲も、私の中ではルーツの一つであり、思い出深い曲です。イベントやコンサートを企画し、運営するということは、並大抵のことではなく、毎回、いろいろな場所に招いていただくたびに主催者の方や、会場へ足を運んで下さる皆さん方には本当に感謝しています。会場的には、音響のセッティングには、かなり苦戦をして、あまり良い音作りが出来ずに非常に残念でしたが、たとえどんな状況下であろうと、ベストを尽くすよう、これからも努力したいと思っています。
ところで、どこそこで、何という曲を、誰が演奏したかということについては、著作権を管理している団体や個人が、けっこう厳しくチェックしているようで、聴きに来てくださった方がレポートを書くことについてはいざ知らず、主催者や演奏者自身が内容についてはっきり書くと、各方面に迷惑がかかる場合もあり、文章にモザイク?をかけているようで、今回の記事もちょっと分かりづらくてすみません。まぁ、きちんと正規の手続きをして著作権使用料を支払えば、何の問題もないことではありますが。
もし皆さん方の中で、コンサートやイベントのことをブログや日記、掲示板などで、書かれる場合には、ご注意を!私も、あれこれ書くことで、いろいろ言われることもありますが、中には、「楽しみにしています!」と声をかけてくださる方もいらっしゃるので、それを励みに、ヒマを見つけて、更新したいと思っています。
いよいよ7月。あれこれ忙しい時期に突入です。
2008/6/27
最近、身体にあまりよくなさそうな飲食物を口にする機会が多く、どうも体の調子がおかしいなぁと思っていた。しかし、身体に悪そうな物ほど、妙に美味しく感じてしまうからタチが悪い。いわゆるジャンクフードが、私は結構好きなのである。ファーストフード、コンビニの新食品が発売されると、真っ先にチェックし、試食するというクセは、なかなか治らない…。
某月某日、所用があって、東京・調布にある「クッキングハウス」を訪問し、久しぶりにランチを食べた。ジャンクフードの対極にある素朴で何の飾り気もない、しかし心にも体にも、本当に美味しい食事…それがクッキングハウスのランチであると私は思う。
玄米もよく噛んで食べてみると、なかなか美味しい。メインデッシュの魚も、主宰の松浦幸子さん曰く「ちょっと仕入れ値が高いけれど、良い物を食材に使っている。」ということらしい。この日に食べた「鰯のケチャップソース煮」と私の隣で食べていたY.Yさんの焼き魚(たぶん、ほっけだと思う…あまりにも美味しそうだったので、ちょっと分けてもらった)は、絶品だった。確かに、今の時代、ランチが1000円というのは若干高いような気もするけれど、こういうお店が経営的にも成り立っていくような世の中になってほしいものである。
日頃、自分の趣味の分野などでは、様々なものの購入価格や制作価格をとことん値切り倒して、プロの商売人からはめちゃくちゃ嫌われている私ではあるが、自分が納得したものについては、どれだけお金がかかっても、制作者や、それで生計を立てている人の「言い値」で無条件に支出する…ある意味、これもなかなか治らない悪いクセかもしれないが…。
物事、安いだけが良いわけではなく、良い仕事に対する正当な対価を尊敬の念を持って支払うということに気づかせてくれたのは、先日のブログでも紹介した、ハワイでも貴重品とされているコアを使ったウクレレを日々研究しながら製作している椎原勇人さんである…ちょっと話があっちこっししてしまった…。
デザートの梅酒寒天。最近、アイスクリーム作りにも凝っているが、もう一つ、梅をブランデーに漬けて、日々、その熟成を観察するのも私の日課となっている。クッキングハウスのようなレストランが全国各地に広がっていくといいと願っている。
クッキングハウスをあとにして、一路、新宿区大久保にある音楽センターへ。かなり以前にも、このブログの記事に書いたが、音楽センターには、かつてのニューミュージック界のスター達が利用した「フリーダム・スタジオ」がある。オフコースが1981年にレコーディングした「over」の制作風景をNHKが番組化して放映したが、そこにもフリーダムスタジオが登場している。当時の様子を知る音楽センターの道田さんの話によると、オフコースは、一ヶ月以上全面的にスタジオを貸し切りにして、曲作りからスタジオで行っていたという。気分転換用に卓球台まで持ち込んで、くつろぎながらレコード制作をしていたという。まるで、ビートルズが、アビーロードスタジオを使っていたのと同じようだ。今では、大きなスタジオでなくても、パソコン上でできてしまう作業が増えて、ちょっとしたスペースがあれば、それがすぐにCD化されてしまう品質のものが出来上がってしまうが、時間や空間をゆったりと使った音楽作りも、逆にお手軽に何でも出来てしまう時代だからこそ、必要なのかもしれない。
スリーダムスタジオに、一つだけ苦言を呈するならば・・・、昼間は気が付かないのだが、夜になると、看板の蛍光灯が老朽化して、チカチカして目によくなさそうなので、新しい蛍光灯にぜひ交換してほしい・・・。音楽センターとフリーダムスタジオをこよなく愛する一ファンからのお願いでした。
以前から気にはなっていたことであるが、私が書いた記事で、読者の方の中で、意に添わないことや、これはちょっと違うのではないかと思われることなどがある方は、回り回って、そのことが当方へ漏れ伝わってくることもあるので、そんなことはせずに、当ブログのタイトル下に、当方への連絡先のメールアドレスが記載してあるので、直接、どうぞ。私も訂正するべき点については、事実を確認の上、訂正をしたり、表現が適切でない部分があれば、削除したりすることもやぶさかではありません。ただし匿名はお断りです。
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