2009/8/24

第1回所沢ビエンナーレ「引込線」に文章を寄せました  美術

http://tokorozawa-biennial.com/index.html

僕は先日《オルタナ美術 ショーケース展》を組織する一員だったのですが、それ以上に難しいこの展覧会を前にして、やはり歴史は書き換えられてこそ歴史を形成するのだと思いましたし、比較できないほどに複雑に美術/政治が絡むであろうこの展覧会が、確かに一部で噂されるように、ある種のセクト的なものに見えたとしても、そしてもしそうだとしても、残念ながらなんらこの展覧会を可能にしようとした人達の名誉を傷つけることはないだろう、と思ったのでした。

 第一回と銘打たれたこの展覧会の第2回はどのようなものになり、また本当にそれが可能かどうかなんて知ったこっちゃないのですが(という失礼な言い方はあくまでネタ的なものです)、そういった不安以上に、こうしてこれがプレ展に続いて開催されたことの奇跡と、そこに尽力したであろう多くの不器用な大人や世代を超えた関係は祝福されるべきだと思います。

 「美術/経済」と「美術/哲学」の狭間で、00年代は、まさに「美術/セカイ」が瓦解するさまに直面したわけですが、来るべき10年代(テン年代?)は、壊れた美術の復活のディケイドとして夢想したいわけです

 縁あって、今回(それこそ嘘のように)、小さなテキストを寄せる光栄に預かったので、ちょっとさわりだけ掲載します(まだ校正前なのですが)。へたくそさはパンクの証としてワラッテ許してください。当たり前のことを書いてしまった気はするのですが、美術系のテキストとしては珍しい感じかと思っています。ちなみにまともに美術について、文章で考えを表したのは(エッセイはありましたが)初めてです。是非、カタログを予約して読んでいただければ幸いです。自分のテキストが駄目だとしても、ほかにいくらでもお釣りが来るくらいのテキストはあるので安心です。

 ちょっと不満を言えば、やはり執筆者と作家が対等な関係というのはなかなかに難しいというのが、今回のこの展覧会についてのネット情報を一巡した感想です。そもそも、僕はここの執筆陣に名を連ねる方々と畏れ多くてほとんどまともに話したこともないわけで(笑)、逆に言えばそこに入れてもらえたってことは、素直に喜ぶべきなんでしょう。いやでも対等は難しいでしょうね、執筆者同士も。普通に考えたら。


 展覧会は28日からです。僕は残念ながらバイトをうっかり入れてしまい、レセプションには出れないです。すみません。。

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2009年8月28日(金)〜 9月23日(水)
「西武鉄道旧所沢車両工場」埼玉県所沢市東住吉10-1
入場無料 会期中無休
観覧時間:10:00 〜18:00
お問い合わせ先:080-3537-3021 
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*以下、拙文出だし

「美術はまたはじまる - 2010年美術の旅 -」
Tattaka a.k.a. 高橋辰夫

1. 「美術」とわたし

 1964年に生まれた自分が今のように「美術」を意識したのは遅く、1983年、人文系の大学受験に失敗した時だった。勉学に気が進まない理由を、哲学と宗教への関心にどことなく行き詰まりを感じ、美学や美術へと関心が移ったんだと当時言い訳していた。実際その頃プロテスタント教会に通っていたが、超越的存在(神)は描けないと言い続ける教会に違和感を感じ、カトリック教会のステンドグラスの美しさや尖塔のある教会への憧れを持っていた。当時の素朴な信仰は今でこそないが、「美術はいかに超越的なものの顕在化を可能とするのか」という命題は、今だ解決しないまま横たわっている。だからか、自分の中で作り手としての「美術」と観客としてのそれに区別はなかった。美術は読まれる対象であり、作り手、観客、批評はいずれも不可分なものとして人の中に立ち現れるかに感じていた。
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