
鳥獣花木図屏風 江戸時代 18世紀
お天気がよいことを見計らって、車は信楽方面に向かう途中からそれて、MIHOミュージアムへ。
緑深い山肌をバックにもみじが淡く、濃く色染めていた。
頻繁に入れ替えされていると聞いていたが、この度はあまりにも有名な葡萄図、牡丹・百合図、雪中遊禽図、群鶏図、さらに、プライスコレクションから鳥獣花木図屏風(六曲二双)など、また珍しいとされる拓版画(別項解説)にもお目見えすることができた。
これまで、名古屋博での展覧会で版画を、プライスコレクション展では選りすぐりの若冲ワールドを、相国寺での若冲展は2回に及び代表作から墨絵まで多くを見ることができたが、このたびの展覧会では、MIHOミュージアムの力如何にと思わせる作品群が並んだ。
若冲さん、きっと食べる、寝る以外はほとんど絵筆をもっておいでだったのでしょうね。鶏も鳥も庭の花、畑の植物も野菜も虫も、身の回りの何もかもが画材にして休む間なしで描かれていたことと思います。
長崎から京都御所へ大きな像が運ばれたと聞いては、きっと人かき分けて見物にお出かけだったことでしょう。相国寺に長逗留しておいでだったようで多くの人の出入りが頻繁、世の出来事、ニュースはいち早くお耳に届いたことでしょうから。
それにしても好奇心旺盛、新しい物好き、茶目っ気たっぷり、こういう種の方は今の世にも沢山いますが、それを一捻りも二ひねりもしては絵画に残された心意気、尊敬申し上げます。
後世の人間が、昔の大家の絵を何かに引っかけて想像逞しくああでもないこうでもないと勝手に注釈し、いつの間にか絵が一人歩きしていることってままありますが、あなた若冲さんの絵は誰が鑑賞しても一目瞭然、スピード感溢れる気っぷのいい墨線は淀みなく真実の姿を表し、加えるものも差し引くものもありません。羨ましい限りです。
特に、鶏の図、鶴の図、とりわけ竜のあの滑稽な顔とともに挑むような身体(?)の曲線の前に、私の足は釘付けでしたよ。
ところで人物画については、芭蕉の肖像画、拾得図等にに見られるものの、何故か若冲さんの描いた女人の絵を見たことがありませぬ。
どこかにあって見られないでいるだけでしょうか?それとも、女性には興味がなくて描かれなかったのでしょうか? な、わけないですよね。寺院内にお住まいで僧のような生活をしておいでだったから女性に関しては禁止事項であったとでもおっしゃるのかしら。私には謎でありまする。
もし、お目にかかるようなことがあったらそのようなことをお訊きしたかったのですよ。
注
拓版画:版木に絵の要領(左右はそのまま)で下絵を描き削り、その上に墨を載せ、紙で押さえる。つまり拓本を取るときの要領をアレンジしたもの。