日本の女優第1号。本名 小山貞。幼い頃に芸者置屋の養女となり、明治20年(1887)、売れっ子芸者「奴」とよばれ、才色兼備にて人気を得る。
その当時、慶応義塾の学生であった福沢桃介に、野犬の群れから助けられるという逸話があるが、後に彼と共に運命的な生き方をする。
明治27年(1894)に「オッペケペー節」で有名な川上音二郎と結婚。川上一座が興行のため渡ったアメリカ・サンフランシスコの公演で、女優「貞奴」として初めて舞台に立ちアメリカ各地で評判を得た。また、パリ万博で公演し、フランス政府から勲章を授かるなど、「マダム貞奴」として一躍有名になった。
音二郎の死後7回忌を経て女優を引退。名古屋に居を構え、旧知の仲であった福沢桃介の事業パートナーとして共に生活をするようになる。
福沢桃介は福沢諭吉の娘婿で、貞奴とは不倫関係であることから世間からは非難を受けた。
桃介が東京へ戻ると、貞奴も拠点は東京へ移すものの暫くは東京と名古屋を行き来する。
昭和8年(1933)に岐阜県鵜沼に私財を投じて貞照寺を建立。同じ敷地内に豪奢な別荘を建て、桃助とともに暮らす。
昭和21年(1946)、熱海の別荘で死去。死後は貞照寺に埋葬された。
では、貞奴さんと桃助氏が過ごした別荘をご案内しましょう。萬松園(迎賓館サクラヒルズ川上別荘)といい、岐阜から高山本線の鵜沼で降り車で10分ほどのところにあります。

門を入って振り返る。

四季桜がお出迎え。

数寄屋造りの玄関。屋根は鉄製の瓦。

至る所に細やかな意匠が施されている。
例えば、襖の取っ手に源氏香が施されている(これは島原の「角屋」でも見られた)。クローゼットの引き戸には色鮮やかな絵、舞楽「胡蝶」「青海波」「紅葉賀」など中国の文献や源氏物語から引用されている。書院造りや茶室を始め部屋数は25、6はあるらしい。

サンルーム。床は輸入されたタイル。

仏間だけはガラス越しに見る。天井の天女は楽器を持つ天女と蓮の花を持つ天女という形は同じだけれど、うちの寺のお内陣の天女より立派だなぁ。
何とも羨ましいのは、広い庭の向こうには木曽川が滔々と流れ、その向こうは小高い山という絶景を借景としていること。時々川下りの舟が視界を横切ってゆく。
何故この地に?と訊くと、桃助氏がダム建設に関わっていた時から、お二人はこの地に目をつけていたとのこと。回りは何もない寂しいところだったと思われるけれど。

成田山 貞照寺
さて、見学が終わり、総勢15名はお隣のフレンチレストランへ。結婚式披露宴のメニュウらしく(松茸づくし)、アンケートに答えてフルコースが2800円、お値打ちなり。
ワインは、マコンヴラージュ・仏産。