25日、26日、九州は鹿児島、あの桜島のある地へ寺族聞法会11名が出かけた。
伊丹空港09:55発、鹿児島空港11:05着、空路約1時間あまりの旅の後、まずは知覧へ。
知覧はお茶の産地であること、特攻隊の記念館があること、これだけの予備知識しかなかったのだが、実は、知る人ぞ知る「かくれ念仏」の跡が残されているところでもある。
まずは、特攻平和会館へ。
27、8才の若者が死を前にして家族宛てにしたためた手紙を読み始めると、フイに涙が頬を伝い、そのまま止めどなく流れ落ちるのをどうしようもなかった。
今の若者はこれほどに美しい文をこれほどに美しい筆蹟で書くことができるだろうか。難しいだろう。
いたたまれずに早く其処を出た。
いつか誰かに言われたことがある。あなたは見たくないものを見ない人だ、そういうことを避けて生きてきた人間であると。
そうであってもお許し願いたい。無視するのではない。事実を知りたいという気持ちは大いにあるのだが、あまりに重くて受け止められないのだ。
同行した人のなかに、ここへ来たのは2度目でやっと全ての手紙を読むことができたと話す人がいた。尊敬申し上げる。わたしにはとてもできない。
全て読むことが供養になるのかもわからないが、できる方がしてあげてください。お願いします。
館内では外国人もチラホラみかけた。
「かくれ念仏」を追跡。洞穴(がま)のある立山へ。
身体を二つ折りにして洞の奥へ進むと、最奥に30センチ足らずの如来立像が安置されている。
懐中電灯をたよりに一人ずつ交代で中へ入った。
一向宗と島津藩の攻防は、真宗の信者が一方的に弾圧を受け、再起不能になるまで徹底的に潰された。語りつがれたことを記したものには迫害の事実はあまりにも惨いものだったと具体的に書かれている。
島津藩がなぜあれ程の宗教弾圧に及んだかということについて、パンフなどには諸説ありと濁した書き方がされていたが、ネット検索してみるとなるほどと気づかされることがある。
http://www.kagoshimakenjinkai.ne.jp/motto/chiran/ikkosyu.htm

バスの中から
鹿児島市内の電車は鮮やかな黄色、線路内は芝が綺麗に狩り揃えられていて美しい。
城山観光ホテルは小高い丘陵に立つ。運良く、ダブルベットに一人、窓から桜島が一望できる部屋だった。
見下ろしてみると、市内の建築物の色が茶色に制限されている理由がわかった。桜島と海、そして街並みが色よく調和しているのだ。
温泉に入るのは後回しにし、桜島が見えるうちにと3枚を水彩で描いた。早描きエイカといわれる由縁である。
翌朝は鹿児島西別院へ。
何と行っても寺族聞法会のご一行ならば、ここ別院を表敬訪問せねばなるまい。
本堂で11名は偈文(重誓偈)を称えお詣りをする。その後、輪番の方が、館内を案内してくださった。
ここだけの話。
和室に案内され、「かくれ念仏」のビデオを見ることになったのだが、40分あまりのこの時間に、ひとり市内の美術館へタクシーを走らせたらよかったと、今でも悔やんでいる。
ビデオなどはどこででも見ることが出来るのだから、ここでしかできないことに貴重な時間を割くべきだった。
屋上から本堂の屋根を撮った。今回の旅で何十枚もの写真を撮った中でこれが最も気に入っている。
本堂内部。畳ではなく椅子席というのがよい。
さて、予定では天文館へ行くことになっていたのだが、この天文館なるもの、プラネタリウムがあって南の星座を観ることになるのかと勝手に思い込んでいたのだが、訊いてみると繁華街の名前らしい。
アーケード街を歩いても仕方がないので、スミマセン、ワクタシ桜島のフェリーにのって島を巡ってきます、後で合流します、と集団から離れたいとお願いすると、このにわか観光に参加したいと、他のメンバーもおっしゃる。
結局、全員が桜島へ。

いってきま〜す

近づいてきたぁ、ドキドキ

展望台まではグリーンが鮮やか

手すりの灰に驚く
展望台の手すりを拭き取っている背広姿の男性が、話しかけてきた。1ヶ月前に手すりを施工した会社の社員だとのこと。工事後の点検なのだろう。いやはや、こんなに灰で汚れているとは驚きましたよと言う。
ご親切に写真のシャッターを押しましょうと笑顔で申し出てくれた。ありがとう、そしてご苦労さま。
確かに、走る車の後は濛々と灰が舞い上がる。
桜島・・・さようなら〜 また来られるかなぁ・・・
帰路、空港へ走る途中に島津藩の所有した別邸跡、仙巌園と尚古集成館に寄った。
この2日間、迫害された一向宗の門徒集団所縁の地と、迫害したがわ島津藩由来の地の両者を訪れたことになる。
グループのどなたかが、我々はここへは来るべきじゃないと囁いていたが、そうではないと思う。両方からみてみるべきだろう。
歴史とは勝者が残したもの、思い入れや独りよがりが史実として後世に残され、我々はそれを事実として学んでいる・・・・と、どなたかがおっしゃっていました。
何事も両面を見ることでしょうか。それもなかなかに難しいのだが。

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