利生は画面に釘付けになっていた。智史のアパートの窓からは夕日が差し込み、だんだんと部屋が暗くなってきていた。
しばらくして、オープニング画面になり、画面上に響野美紀が現れ、さまざまな衣装を着てポーズをとる姿が、へんな音楽に合わせて切り替わりながら、休みなく流れた。動いている所を見ると、パッケージに写っていたものより、更にリアルに弥生であると感じた。顔や体型からして、やはりどう見ても響野美紀は弥生であるとしか考えようがなかった。しかし、確実に弥生であるという証拠はどこにもなかった。利生は、じっと画面を見ながら、響野美紀のヒップが見える瞬間を待っていた。弥生と何度も愛し合っていた時、弥生のヒップの右側の真ん中に、少し大きめのほくろがあることに気付いていた。響野美紀のヒップにもそのほくろがあれば、完全に同一人物だと考えたのだ。
「この次にさー、Tバックのスケスケの下着ででてくるんだよねー、これがたまらんのよー」
横で智史がくすくす笑いながら寝転んだ。
「てかさー、大学生のいい大人が、二人でAV見てるってのも笑えるなー」
智史がゲラゲラ笑っていた。しかし、利生は真剣な眼差しで画面を見続けていた。
「これこれー、綺麗なケツだよなぁー」
Tバックでカメラにヒップを向ける響野美紀を、指差して智史が言った。
「ほくろ・・・」
利生が画面を見たままつぶやいた。
「ん?あー、このほくろもたまんねぇよなー、舐めてー。舐めまわしてぇ」
智史がなおもゲラゲラ笑っていた。
やっぱり、これは弥生だったんだ。
利生はそう考えながら、画面を見たまま背中を丸めて、胡坐をかいていた。DVDはどんどん進み、弥生はAV男優に乳房を舐められたりして、大きな声をあげていた。
「あああーん・・・脇、舐めてぇ」
弥生がAV男優相手に、甘えた表情を見せていた。利生はとても胸が苦しくなり、言い表せない程、情けなく悲しい気持ちになった。弥生の小さな体は、AV男優の大きく、そして毛深い手からはえた太い指で、激しくいたぶられ、体中を舐められ続け、AV男優のヨダレでベタベタになった。
「やべぇ、チンコたってきちゃったよ。ムラムラするわー」
智史が笑いながら、股付近を押さえて、利生の方に身を乗り出し、大きな声で続けた。
「この子可愛いだろ?この子の事抱けるんだったら、めっちゃくちゃにしてやりてぇよ、あはは・・・」
「うるせぇよ、お前」
利生がDVDの停止ボタンを押して、低く、小さな声で、智史を睨み付けた。
「・・・なんだよ?どうしたんだよ?」
智史が、気まずそうな顔で利生を見た。
嫌だ、こんなの見たくなかった。弥生が他の男に抱かれている姿なんて、見たくなかった。腹立つって言うか、それ以前に心臓が破裂しそうなくらい胸がモヤモヤする。こんなに嫌な気持ちになったのは初めてだ。
利生は、自分の気持ちを制御できなくなった。一体、自分が何を考えているのか分からなくなる位、頭がぐしゃぐしゃになった。そして、利生は無言で立ち上がり、玄関に向かった。
「利生?おーい、どした?」
智史が利生を追いかけて、利生の背中を軽く叩いた。
「触んな!」
利生は、強く智史の手を振り払った。そして、智史のアパートを出た。どこに行きたいという訳ではなかったが、利生は早歩きでまっすぐ歩き続けていた。頭の中は、さっきの淫らな弥生の姿でいっぱいだった。弥生は今日、仕事に行っている。つまり、AV男優に抱かれている。さっきのDVDのように、淫らな姿を、カメラマンや、照明の、スタッフ達の前で曝け出している。そんな想像とさっきの画像が頭の中でぐるぐる回った。利生の足並みはだんだんと早くなり、いつの間にかダッシュしていた。狭い住宅街を抜け、川沿いの道になり、周りには、犬の散歩をしている人や、土手に座る学生がいて、ホームレスのダンボールの家が立ち並んでいた。しかし、利生には何も目に入らなかった。利生は、自分の限界を超えたスピードを出して、ただただ走り続けた。それでもさっきの弥生の姿は、頭から離れなかった。そしてついに、利生は、土手にばったりと倒れた。空は、紫色っぽい夜空に包まれ、星が薄く光っていた。利生は、仰向けになって、息を大きく切らしていた。酸素があってもあっても足りないくらい、心臓が爆発しそうだった。
『好きだよ、利生』
弥生が、そう言った時の顔が頭に浮かんだ。
「はぁー、はぁー、はぁー・・・、はぁー。」
呼吸が整った瞬間、利生は自然に
「弥生・・・」
と呟いていた。そして、その瞬間、利生の目から涙が流れた。利生はゆっくり起き上がって、目の前に流れる汚い川を見て、背中を丸めていた。どれくらいその体勢で固まっていたか分からないが、利生は、洋服の袖で顔を乱暴に拭った。
「きたねぇよ、きたねぇよ・・・。先に言えよ、言ってくれよ。ずるいよ、ずるいよ、弥生。遅いよ、もう、遅いよ・・・」
利生は大きな声で、独り言を言った。気付くと、利生の周りには誰もいなくなっていて、利生の背中を、月明かりだけが、じっと見ているかのようだった。
利生は、そのまま弥生のマンションに行った。マンションのロビーにある、オートロックのインターホーンに弥生の部屋番号を入れたが、応答はなく、ロビーに、インターホーンの音が虚しく響いた。利生はロビーの自動ドアを出て、マンションの前の植え込みの前にしゃがみこみ、地面を見つめて、大きなため息を1回ついた。
「どうしたのっ、大きいため息ついて」
利生が、その声に反応して上を見上げると、弥生が笑顔で立っていた。
「会いに来てくれたの?」
弥生がにこっと笑って、利生を覗き込んだ。周りには誰一人通行人がいなくて、住宅街はひっそりと静まり返っていた。利生は、黙って弥生を見つめていた。そんな利生を、弥生は不思議そうに見つめ返していた。利生はゆっくりと立ち上がった。
「弥生」
「ん?」
「俺・・・、見たよ」
利生がそう言った瞬間、弥生の表情が大きく変わった。一瞬目を丸くしたが、真剣な表情をすぐに見せた。そして、利生から目を逸らし、斜め上方向を見て、冷たい表情になり、こう言った。
「そう・・・で、もう終わりなんでしょ?いいよ、AV女優が彼女なんて、ありえないもんね。ごめんね、言うタイミング逃しちゃったの。わざわざ来てくれてありがとう。私、平気だから、気使ってくれてありがとっ」
そして、弥生は利生に背を向け、ロビーに向けて早足で歩き出した。
「弥生!」
弥生が、自動ドアの前に来た瞬間、利生が叫んだ。弥生が、背を向けたまま立ち止まった。
「俺は、平気じゃない」
利生が大きな声でそう言いながら、ゆっくりと弥生の方に歩を進めた。
「平気じゃねぇよ!もう、遅いんだよ!なんなんだよ!なんだよこれ」
利生はそう叫んで、弥生の目の前に立った。
「好きにさせといて、なんなんだよ」
そう言いながら、弥生の顔を見ると、弥生は大粒の涙を流して泣いていた。
「俺、どうしようもなくお前が好きだよ・・・」
「ごめん、ごめん、利生・・・」
弥生がそう言いながら、溢れる涙を止めようと顔を大きく歪ませながら、利生の胸に顔を埋めた。
「私も、利生が好き、大好きだよ・・・」
弥生はそう言いながら、利生の上着を掴んで、小さな肩を震わせていた。
「弥生、仕事辞めてくれ。あんな事、もう、耐えられない」
利生はそう言いながら、弥生の背中を両腕で強く包み込んだ。暗くなった住宅街はとても静かで、首の細い街頭が、抱き合う二人をスポットライトのように照らしていた。
恋学 第六話を読む