「もしもし、俊哉君?」
麻里は、仁美がまだ起きないうちにアパートを出た。
真夏の朝日は眩しく、一睡もしていない麻里には、余計に眩しく感じた。
「・・・もしもし」
俊哉が眠そうな声で電話に出た。
「・・・麻里ちゃん!?どうしたの?」
俊哉の声が急に大きくなった。
「ごめん、寝てたよね」
麻里が、朝の繁華街の真ん中で、空を見上げながら言った。
近くでは、デパートの開店準備をしている従業員が忙しく動いていた。
「寝てたけど、目、覚めちゃったよ、麻里ちゃんには振られたと思ってから・・・」
俊哉が少し笑った。
「振ったよ、なのに電話してるの、私って嫌な女でしょ」
麻里も少し笑った。
「・・・・」
麻里の涙腺が急に緩んだ。朝早くから、行くあてもなく繁華街を歩き、とても孤独だった。こんな時に誰にも電話する人がいなかった。とても寂しかった。一度しか会ったことのない俊哉の低い声を聞いていたら、とても切なくなった。
「麻里ちゃん?どうしたの?」
俊哉が小さな声で言った。
その声を聞くと、麻里は嗚咽になってわんわん泣き出した。
「麻里ちゃん、どこにいるの?今から行くよ」
俊哉は場所を確認すると
「動いちゃだめだよ」
と言って電話を切った。
麻里は、デパートの端っこの日陰に座り込んだ。
目の前を、大きな声で笑いながら通り過ぎて行く、同い年くらいの女の子達が通った。
私、一人ぼっち・・・
なんだか誰も私の事知らないみたいに感じる・・・
「麻里ちゃん、探しちゃったよ、こんな所に・・・」
座り込んでから何分たったか分からないが、俊哉が息を切らして麻里を覗き込んだ。
麻里が見上げると、俊哉は驚いた顔で麻里を見た。
「どうしたの!?その顔!」
昨晩泣き明かした麻里の顔は、大きく腫れあがっていた。
「俊哉君、振られちゃったの、私。行く所がなくて・・・仁美以外の女の子とは、大学でもそんなに親しくしてなかったし、こんな時に電話する人いなくて・・・」
麻里が立ち上がると同時に、小さな声で言った。
俊哉がしばらく上の方を見て何かを考えてるようだった。
「俺んち来る?」
数秒後、俊哉が言った。
近くに路駐してあった、俊哉のビックスクターに乗った。
しばらく走って行くと、閑静な住宅街に入った。名前の分からない、枝の細い木が立ち並んでいた。小さな公園に若い主婦達の集団が子供達を遊ばせていた。
俊哉のアパートは、その閑静な住宅街の一番奥にあった。
部屋の中は、ベットとガラス製のテーブル以外はほとんど何もなかった。
「シャワー借りてもいい?」
昨日風呂に入らなかったし、朝から繁華街を沢山歩いて、麻里の体はべトベトだった。
「どぞっ」
俊哉はそう言うと、タバコに火をつけて、音楽をかけた。部屋に、低音の強い洋楽が流れた。あの夜、クラブで流れていた曲に似ているような気がした。
私、きっと俊哉君とHするんだなぁ・・・
とか考えながら、麻里はシャワーを浴びていた。
シャワーから出ると、俊哉の大きなTシャツを着て、俊哉の横に座った。
俊哉の吸っているタバコのにおいと、御香の甘い香りが混じったにおいが部屋に漂っていた。
麻里は、俊哉の膝の上に頭を置いて寝転んだ。
俊哉はタバコを咥えたまま、麻里の頭を優しく撫でた。俊哉は何も麻里にする素振りを見せず、ただ、頭を撫で続けていた。
俊哉君、手出してこない・・・
本当に、不思議な人・・・
そんな事を考えながら、麻里はそのまま深い眠りに入った。
目を覚ますと、部屋は真っ暗になっていた。
麻里は、ゆっくり起き上がり、電気を付けた。時計は午後8時をさしていた。
ガラステーブルの上に、俊哉がメモ書きを残していったようだった。
『10時頃まで
バイトに行ってきます
起きたらTELして』
と書いてあり、その下には、バイト先の場所が書いてあった。
今日、どうしよう・・・
このまま俊哉君ちに泊まっちゃおうかなぁ・・・
仁美・・・
祐樹君と会ってるの?
私、失恋したんだ・・・
仁美・・・
会いたいよ、仁美・・・
昨日の夜の事、神様がなかった事にしてくれたら
どんなにいいことだろう・・・
そんな事を考えていると、麻里の電話が鳴った。画面を見ると、大輔からだった。
「はい?」
麻里が、不思議そうな声で電話にでた。仁美と大輔が付き合ってる時でさえ、大輔からかかってくる事なんて滅多になかったので、少し驚いた。
「麻里ちゃん?急にごめんね、ちょっと聞きたい事があって・・・」
大輔が少し申し訳なさそうに言った。
「どうしたの?」
麻里が言った。
大輔君か・・・
大輔君の浮気がばれた夜、仁美への気持ちに拍車がかかったんだよなぁ・・・
大輔君と仁美がうまくいってる時、夜、大輔君と仁美が仲良く電話で話していた事を思い出した。
大輔君は仁美に何を話し、仁美は大輔君に何を話していたんだろう?
仁美はあの夜まで、大輔君に夢中だったなぁ・・・
仁美は大輔君と二人の時、どんな甘い声を出して、どんな風に可愛がられていたのだろう?
「仁美って彼氏できた?」
大輔が言った。
「あー、できてないけど・・・んー・・・なんで?」
麻里が言った。
あの夜、あんな事があって、浮気相手にも振られて、寂しくなって仁美が恋しくなった。
ってとこかなぁ・・・
とか勝手に大輔の心を想像していた。
「大輔君、よかったら今から会わない?相談のるよ」
麻里が言った。
仁美の顔が見たかった。でも、仁美に会えない。だから、誰か仁美の事を良く知っている人と
、仁美の話がしたかった。
大輔は、すんなりOKし、電話を切った。
麻里は、素早く身支度をすると
『カギ、ポストに入れとくねo
今日ゎありがとぅ♪
今度なんかおごるね^^』
と俊哉にメールして、大輔との待ち合わせに向かった。
「なんだ・・・そっかぁ、仁美、いい感じっぽい奴いるんだ・・・」
居酒屋の安い発泡酒を飲みながら、大輔が言った。
「まぁ、でもまだ、付き合ってる訳じゃないけどね、今日はとことん付き合うよ、飲もう、飲もう」
麻里が言った。
飲みたい気分なのは、私なんだけどね・・・
仁美は大輔君と、こんな風に向かい合って発泡酒を飲んだのかな・・・
少し酔って、キスをねだったり、甘えたりして、大輔君を誘ったりしたのかな・・・
「大輔君、私も相談していい?」
麻里が言った。
「いいですよー」
真っ赤な顔をして、大輔が言った。大輔は少し酔っているようだった。
「私って女としてどう思う?魅力あるかな?」
麻里が身を乗り出して言った。
「えぇ?」
大輔は、少し笑っていた。
「・・・もちろん、あるんじゃないですかー」
大輔がニヤニヤしながら言った。
「本当にぃー、怪しいなぁ、気使ってくれてるの?」
麻里が横目で、ニヤニヤしながら言った。
「いや、本当だよ、あると思うよ」
大輔が、天井を上目遣いで見ながら、口元だけ笑って言った。
この後、私が誘ったら
きっと大輔君、食いついてくる・・・
麻里はこの時、そんな事を考えていた。
案の定、大輔は麻里の誘いにあっさりのった。
「あ・・・あん・・・大輔君、あっ・・・」
大輔の部屋のボロイベットは、キーキーと動く度に音をたてた。
「この音、気になって集中できないんだよなぁ・・・」
大輔が動きを止めて言った。
「仁美と付き合ってた時も、この音鳴ってた?」
麻里が、大輔を見上げて言った。
「こんな時に仁美の話なんて・・・」
大輔が言った。
「教えて、お願い・・・鳴ってた?」
麻里が、大輔の顔を引き寄せ、キスをした直後に言った。
「鳴ってたよ。なんでそんな事・・・」
大輔が言いかけたと同時に、麻里が起き上がって、大輔にしがみついた。
「大輔君、お願い、仁美にしてたみたいにして・・・仁美を抱いてたと同じように私にもして・・・お願い」
麻里は、そういうと大輔の口に再び食らいついた。
大輔は興奮したように、激しく麻里を抱いた。
「あ・・・あっあ・・・」
仁美・・・
仁美は、こんな風に可愛がられてたんだね・・・
仁美、私も仁美みたいに可愛がられてるの・・・
なんだか、仁美になった気分だよ・・・
ねぇ、仁美・・・
会いたいよ、仁美・・・
仁美・・・
愛してる 第八話を読む