麻里の顔を覗きこんでいた仁美が、一歩後ずさりし、床を見つめていた。
麻里は、その仁美の反応を見た途端、自分の涙が止まったのが分かった。
仁美が困ってる・・・
分かってたよ
だから言えなかったんだもん
でも、耐えられなかったんだ・・・
指を咥えて、仁美が誰かを好きになっていく所、見てられなかったの
感情にまかせて言った事で、すっきりした自分と、良い結果が得られないであろう、という悲しい気持ちとで、麻里は、味わった事のない気持ちでいっぱいになり、心臓がとても早く鳴り出した。
「麻里・・・」
仁美が、何かを決心したかのように、真剣な表情で麻里に視線を戻した。
「麻里、なんとなく、そうかなって気持ちは前からなかった訳じゃないけど、まさかって思ってたから、私、今はリアルに驚いてる」
仁美はそこまで言い終えると、再び床を見て黙った。
麻里は、そんな仁美に何を言っていいのか分からなかった。下を向く仁美の姿を、ただただ、じっと見ていた。
「麻里、私も麻里が好きだよ」
仁美が下を向いたまま言った。
「え・・・」
麻里が真っ赤な目で、仁美を見つめた。
「でもね、麻里・・・それは恋愛感情の『好き』ではないんだ・・・」
仁美が、再び麻里を見た。
蛍光灯があいかわらずチカチカ点滅し、時計の秒針がカチカチいっていた。
あぁ・・・
やっぱり、言わなければよかった。
言わなければ
あさって、仲良くパンプス見に行けたのに・・・
「麻里の事、本当に大切に想ってるけど、麻里がそういう気持ちなら、私達、少し離れた方がいいと思う・・・ごめんね、麻里」
仁美はそう言うと、自分の部屋の中に入り、一端悲しそうな目で麻里を見た。
そして、いつもは開けっ放しになっていた、部屋と台所の境のドアをしっかり閉めた。
麻里は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
蛍光灯の点滅と、時計の音が、麻里の孤独感を更に加速させた。
仁美・・・
もう、仁美と笑ってなんでもない事を話す事はないの?
仁美・・・
教えて、仁美・・・
麻里は、自分の部屋に入り、ベットに寝転んだ。
風呂も、歯磨きもしていなかったが、何もする気にならなかった。
大学に入学した時の事を思い出した。
入学して、初登校の身体測定で、初めて仁美に出会った。駅の改札口を出た所で仁美を見かけて、『綺麗な子、あんな子と友達になれたらいいのに・・・』と思ったのが第一印象だった。
その後、身体測定のレントゲンで並んでいると、偶然後ろに仁美が並んだ。
『さっきの子だ・・・』と思っていると、笑顔で仁美は『何学科?』と話しかけてきた。
『同じ学科だねー、よかったぁ、友達できたぁ』
そう言って仁美はニコっと笑った。
あれから、三年間ずっと仁美と過ごした大学生活だった。授業もすべて同じものをとったし、放課後にも沢山遊んだ。深夜までクラブに行ったり、浴びるほど飲んだり、高校ではした事のなかった遊びも、全部仁美と一緒に体験した。
私って、友達に彼氏取られた子みたい。
友情と愛情一気になくしちゃったのかな・・・
仁美と同じ屋根の下にいるのに、一人でいるより寂しい・・・
隣の部屋にいる空気はあるのに、お互い避けてる・・・
この感じ、半年前、彼氏の浮気が発覚した夜に似てるな・・・
なんかとっても変な感じ・・・
『一緒に住もうよー、二人で住んだら絶対楽しいよー、一緒にご飯作ったり、沢山遊べるじゃーん』
そう言った仁美の笑顔が頭に浮かんだ。
もう、仁美のあの笑顔は見れないのかな・・・
私ってバカ・・・
そう思ったら、また涙が溢れてきた。
麻里は、仁美に聞こえないように、声を潜めて泣きながら一夜を過ごした。
眠ろうとして、目を閉じると仁美の顔が浮かんで全く眠くならなかった。
その代わりに、目を閉じていてもどんどん涙が溢れ出てきた。
仁美・・・
私はね、仁美がそばにいてくれるだけで嬉しかったんだ・・・
学校のつまらない授業も、お金のないウィンドウショッピングも
全部、全部、たまんなく楽しかったんだ・・・
仁美・・・なんでだろうね
仁美がもっともっと欲しくなっちゃったんだ
そうならなかったら、ずっと仁美と笑ってられたのに
私ってバカだね・・・
ねぇ?仁美・・・
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