クラシック音楽を聴かれる方々の中でも、声楽を嗜好される中の大部分は恐らくオペラ・ファンではないか?…と推測します。華やかな演劇的要素が盛り込まれたオペラは、確かに声楽の花形で魅惑的な世界です。
しかし、私自身は同じ声楽の中でも宗教曲、或いは歌曲を好みます。それにしても、一部の宗教曲を除いてはオペラほど派手では無い。歌曲に至っては有り体に言えば、かなり地味な分野ではあります。伴奏は殆どの曲がピアノ伴奏です。でも、CDで宗教曲や歌曲を聴くのは、あまり疲れないんですよ。例えばオペラを聴いていると、何だか長編小説を熟と読んでいるみたいで、少しばかり腰を据えて掛からないといけないカンジに囚われてしまいます。…オペラの中でも独唱曲であるアリアばかりを集めたCDを聴くのは、割りと気楽なんですがね。
さて今回は歌曲についてなんですが…数多在る中で…と言っても私が聴いてみた歌曲など、世に存在する内の極く極く僅かな数に過ぎないのですが…私が最も心を動かされるのは、リヒャルト・シュトラウスという作曲家の手掛けた歌曲です。
リヒャルト・ゲオルク・シュトラウスはドイツの、後期ロマン派の代表的な作曲家です。1864年に生まれ、1949年に没しました。…ロマン派の音楽性というのは、端的に言えば感情的であり、客観性よりは主観的であり、合理性よりは幻想的である…と、モノの本には書いてあったりします。かのベートーヴェン辺りが初期ロマン派の逸りでありましょう。ウェーバー、シューベルトなども初期ロマン派です。中期ロマン派にはメンデルスゾーン、シューマン、ショパン、パガニーニなどが続きました。そして後期ロマン派にはベルリオーズ、リスト、ワーグナー、ブルックナーなどが出てきて、リヒャルト・シュトラウスがその中でも最後の巨匠と言われています。
リヒャルトの作品としてよく知られている曲には交響詩『ツァラトストラはかく語りき』が在ります。映画『2001年宇宙の旅』の冒頭でも使用された、壮大なテーマ性の在る曲です。また、彼の作曲したオペラ作品には『薔薇の騎士』『エレクトラ』或いは『サロメ』という異色作も在ります。
さて、リヒャルトの歌曲の特徴としては、他の後期ロマン派の曲と同じく、曲調の変化が多い…という点が挙げられます。色彩の豊かな曲調であると言えるでしょう。
ドイツ語の歌曲は、リート“Lied”と呼ばれます。リートの作曲で特に有名な音楽家としてはシューベルトが挙げられますね。勿論、メンデルスゾーンやシューマン、ブラームスなども歌曲を書いています。彼等のリートは殆どがピアノ伴奏付きの楽曲です。対して、リヒャルトの歌曲の多くにはオーケストラ伴奏が付されています。例えば彼の18〜19歳の、極めて若い頃に書かれた歌曲には当初、ピアノ伴奏譜だけが添えられていましたが、ずっと後年になり、わざわざ彼自身の手によってオーケストラ伴奏譜が新たに添えられたのです。また、リヒャルトの後半生から晩年に掛けて書かれた歌曲には大抵、最初からオーケストラ伴奏譜が書かれています。
ピアノ伴奏が物足りない、というわけでもないでしょうが、彼が歌曲の伴奏を特に重要視したのは間違い無いと思われます。例えばシベリウスやグリーグ、或いはベルリオーズなどもオーケストラ伴奏の歌曲を遺しています。やはり、オケ伴奏には曲全体のスケール感を飛躍的に高める効果が有ると感じます。無論、ピアノ伴奏にはピアノ伴奏なりの繊細な味わいが有って、棄て難いものである事は確かですが…。
リヒャルト・シュトラウスの歌曲のアルバムを幾つか聴いてみました。私がとても感じ入った盤が2点、在ります。ひとつは、“ドイツの名花”と謳われた名ソプラノ、エリザベート・シュワルツコップの歌唱でジョージ・セル指揮、ベルリン放送交響楽団及びロンドン交響楽団の伴奏で『四つの最後の歌』というアルバム(EMI-CLASSICS)です。…これは、リヒャルト・シュトラウスの歌曲のアルバムとしては永遠の名盤です。歌曲のアルバムを聴いて私が耽溺した…とまで言えるのは、このシュワルツコップのアルバムが初めてです。例えばヘルマン・プライの歌う、シューベルトの『冬の旅』を聴いた時にだって、それ程までの新鮮な歓びは感じなかったものです。
表題の組曲である『四つの最後の歌』の4曲が、正に名唱で胸を打たれます。この4曲はリヒャルト最晩年の組歌曲で、実り多き彼の人生を振り返るが如くの深みを感じさせます。歌唱のシュワルツコップは昨年の秋、90歳の天寿を全うしました。彼女は生前、歌手として若い頃にリヒャルトから直々にピアノ伴奏をして貰って歌った事も有る、つまり巨匠から薫陶を受けた最後の歌手でもあったのです。アルバム『四つの最後の歌』で、うねる様な旋律に乗った馥郁たる香り高いシュワルツコップの歌声が存分に堪能出来ます。名指揮者セルの操るオーケストラ伴奏はまたまた名演奏で、ドラマティックに、しかし出しゃばり過ぎず、シュワルツコップの歌唱を確かに支えています。私はまた、このアルバム中の『献呈』という曲にも惹かれています。若いドイツ男性の熱情が迸る様な曲調です。フォン・ギルムの詩がこれ程、音楽と一体化しているのは見事としか言い様が無く、作曲家の早熟な天才ぶりがよく判ります。リヒャルトはこの曲を18〜19歳の頃に書いたのです。オーケストラ伴奏は可なり後年に付されたものですが、それは当初、作曲されたピアノ伴奏を殆どそのままオーケストラに振り分けた感じで…要するに二十歳前の段階で既に音楽的に完成されていたのです。
さて、リヒャルト・シュトラウスの歌曲の盤で、もうひとつ挙げるとすれば現代の代表的なコロラトゥーラ・ソプラノ、エディタ・グルべローヴァの歌ったアルバム(TELDEC)です。フリードリヒ・ハイダーというピアニストの伴奏でリヒャルトの歌曲ばかり、実に29曲も収録されています。…実は、このアルバムは暫くの間、買うか買うまいか悩んでいました。折角のリヒャルトの歌曲を、わざわざピアノ伴奏で聴くのは今ひとつ気乗りがしなかったのです。先にシュワルツコップの、スケール感溢れるオケ伴奏の見事なアルバムを聴いた後だから躊躇していました。しかし、あのグルべローヴァが歌ったからには、それなりの演奏である筈だ…と自分に言い聞かせて買い求めました。
私の小さな決断は間違っていませんでした。ハイダーの奏でるピアノの伴奏は、しっとりと美しく聴く者に染み入ってきます。その伴奏の上でホロホロとグルべローヴァの声が艶やかに転がってゆくのです。…シュワルツコップの声が“匂い立つ品格”であるとすれば、グルべローヴァの声は“豊麗なる可憐”と形容したくなります。
グルべローヴァの歌う『あした』と『万霊節』、或いは『お前の黒髪を僕の頭上に』には兎に角、魅了されます。他の曲も素晴らしい水準の歌唱で、グルべローヴァが如何にリヒャルトの歌曲に通じていたかが窺えるアルバムです。
美しく、妙なる香しい声楽が聴きたい…と思われた方には以上の、ふたつのアルバムをお薦めします。あと、リヒャルト・シュトラウスの歌曲に関しては他にも注目すべきアルバムも在るのですが、それについてはまた別の機会にお話しするかもしれません。