六月の下旬、ウチの連れと二人で、一日のんびりと湘南は江ノ電沿線の一部を巡ってきました。
当日、予報では曇り気味という予報であったにも拘らず、見事な晴天。
…私達は小田急江ノ島線の藤沢駅を降り、江ノ電の駅に。既に陽は高く、かなりの気温に達していたと思います。
切符販売機で江ノ電の一日乗り降り自由な『のりおりくん』(大人一枚580円)という乗車券を買い、改札を通り、単線のホームで電車を待ちます。
平日の午前中だと言うのに早くもホームは、少し年輩の小母様方の群れで一杯です。いや、平日であれば空いている筈…と見込んで休みを取って繰り出した私達でありましたが、目論みは外れました。
特に終点の鎌倉が紫陽花真っ盛りの季節…という事も有るのでしょう。主に鎌倉の寺院を中心とした散策目的の皆さんが大挙、押し寄せていたわけです。
ホームに入ってきた電車は四両編成です。…ちょっと昔は二両編成だった覚えが有るし、もっともっと昔は単車両でしたよ。
私達は列に並んで江ノ電に乗り込みました。言うまでも無く車内はかなりの混雑です。これって地元で江ノ電を利用している皆さんにとっては、ちょっと迷惑な事なのかなぁ?…と、複雑な心境になりました。自分もイレギュラーな乗客の一人ですから。まぁ、江ノ電の利益には貢献しているわけですけれどもね。
藤沢駅を出発した江ノ電は住宅街の中をゆっくり走って往きます。
私と連れは先ず『江ノ島駅』で下車しました。普通であれば南側へ向かう、土産物屋が軒を連ねる細い路を往き、海岸を目指すのでしょうが、私達は反対に駅舎の直ぐ北側を通る国道467号線に出ます。そこは斜めの十字路になっていて、江ノ電の単線の線路が一般道に現れ、車も通り、繁華街でもある道の真ん中を線路が貫いているのです。
TVの旅番組や雑誌などでもよく紹介されていますから、御存じの方も多いでしょう。江ノ電の車両が通過する際には警笛が鳴らされ、車や人は道の両端に避けます。それは、かつては日本の街々によく見られた光景でしたが、今では極く限られた場所でしか目にする事が出来なくなりました。…目の前をゆっくり、カタンカタン…と電車が往き過ぎる様は、なかなか風情が在ります。
さて私達は近くの、日蓮上人に所縁の有る龍口寺に立ち寄り、参拝。
そこから江ノ電が通る道を南下、腰越駅に至りました。この直ぐ近くに満福寺という古刹が在ります。
…実は、この満福寺とは私の仕事上、微かに所縁が有るという事に前々から気付いていたので、見学をしてみたい…と常々思っていたのです。
腰越駅から直ぐ脇の路を入り、江ノ電の線路を越えるといきなり石段が在ります。これを昇ると満福寺の境内。
行基上人が76歳の天平16年(744)に開いたと言われていますが、行基開祖説というのは少し信憑性が薄いと言われている様です。
このお寺には有名な源義経の『腰越状』の一部分が遺っているのです。満福寺玄関のショーウインドウで見る事が出来ます。
『腰越状』とは、義経が兄である源頼朝に宛てた書状です。…一の谷、屋島、壇の浦と次々に平家の軍を破って、元暦二年(1186)五月に鎌倉に帰ってきた義経は、色々と有って頼朝の怒りにふれ、鎌倉へ入ることを許されませんでした。
結局、義経は腰越の満福寺にひと月も留め置かれました。
義経は、数々の誤解から生じた兄・頼朝の怒りを解こうと考え、一通の嘆願文を書いて、頼朝の信望が厚かった公文書別当という役付きの大江広元に差し出したのです。それが『腰越状』です。
しかし、残念な事に兄を想う義経の心が上手く伝わらなかったのか、頼朝の怒りはとうとう解けませんでした。しかたなく義経は重い足どりで、京都へ再び戻って行ったそうです。
その後、頼朝は義経を討つ決心をかためました。義経は奥州の平泉の衣川の館で攻撃を受け、文治五年1189)、31才の若さで最後を遂げました。
その悲劇的生涯が、後世の人々からも同情される様になったわけですね。
満福寺の境内には『弁慶の手玉石』などと言う曰くの石も在りました。寺の中を見学する事も出来、襖絵…鎌倉彫の技術が使われた漆し画なども観られます。義経と静御前の別れの場面が描かれたものも在りました。…歴史に疎い私は、義経と静御前との悲恋も、この後に知ったわけです。…此所には日頃から数多くの義経ファン、歴史愛好家が太古のロマンを求めて訪れる様です。
さて、満福寺を出て海沿いの134号線を歩き、池田丸という地魚料理店で刺身や天ぷらを食しました。
…残念ながら、この日は生シラスが漁期の中の、たった二日間の禁漁日であった為、生シラスを戴く事が出来ませんでした。
食事の後は、浜辺…波打ち際を歩き、どこまでも、ひたすら青い空と海の景色を堪能。
海沿いの134号線と並行して走る江ノ電の『鎌倉高校前駅』ホームからの、正面に拡がる海の眺望は見事で、一際、眩く見えます。…また近い内に訪れて、沢山の写真を撮りたいものです。
その後、私と連れは鎌倉高校駅から再び江ノ電に乗り込み、終点『鎌倉駅』に降り立ちました。…いゃあ、その人の数が又、半端じゃない。
藤沢駅でも感じましたが、本当に平日…水曜日だと言うのに、大変な混雑ぶりです。この調子では土、日曜日ともなると、どうなってしまうのでしょうか?
私達は有名な銭洗弁天へと向かうお屋敷町の中の途上に在る、茶房『雲母』(きらら)という、落ち着いたモダンなカフェに寄りました。
ガイドブックに掲載されていた『宇治白玉クリームあんみつ』の写真を見ていたら、あまりに美味しそうだったのです。
…で、私はその 『宇治白玉クリームあんみつ』(750円)を注文しました。連れは『白玉クリームあんみつ』を注文。宇治白玉は大きめの、宇治茶をたっぷりと練り込んだ玉が風味も豊かで、食感も実にモチモチして最高でした。値段以上に価値の有る美味しさであったと思います。
私達は、尚も鎌倉の街中を散策し、鶴岡八幡宮にも参詣しました。
夕刻が迫る前に、再び江ノ電で藤沢に戻り、帰宅の途に着いたのです。
…帰宅してみると、帽子を被らなかった私の鼻の頭は、陽に灼けて赤くなっていました。
江ノ電沿線には、私の知らない名所旧跡が多く在ります。後々、少しずつゆっくりと巡ってみたい…と考えています。