
礼拝には、すでにキリストのうちに救いを見出して、喜びに満ち溢れておられる方だけが集うわけではありません。
苦しみの中で、でも必死に御言葉の中に救いを求めている、そういう方々も集われます。
私は、そういう方々と共に礼拝を守ることができるのを、何よりも喜ばしく思います。
明日も、そういう方々と共に神の御前に立てますように。
「わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。…天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:9,13)